2014年07月16日

【後日譚】悲嘆のプロセス

 気が付けば月命日(7月10日)も過ぎ、五七日(7月14日)も過ぎました。四十九日(7月28日)までも、あと2週間を切りました。

 ラナを荼毘に付した後、やりたいことについてあれこれ書き出してはみたものの、実は今日に至るまで何ひとつとして手をつけられてません。

 無気力。

 何かやりたいというエネルギーが湧き上がってこない。川で漕ぎたいという気持ちがゼロではないんですが、9割方は失われている状態。
 妻と子どもたちがいて、仕事があるから、平日の生活習慣は大きくは変わってません。職場では、フツーに会話もできるし、笑いもする。ラナのことに話題が及んでも、涙を見せることなく、冷静に話ができるようになりました。

 でも、あの日から、時計の針は動いていない気がします。過去と向き合うことで少しずつ気持ちを整理していこうと考えていたのに、記憶の引き出しを開ける意欲が湧いてこない。

 4月にラナが倒れて以降、血管肉腫に関する情報を集め、対策を考え、処置してきた時間は今、アルコールを浴び、ゲームの空想世界に逃避する時間へと置換されてしまいました。過去にも強烈なストレスに晒されると自分の内の世界に閉じこもる行為を何度か経験していますが、今回のはちょっと長い。

 まあ、いわゆる「ペットロス」と呼ばれる状態になるんやろなとはうすうす感じてはいましたが、その実具体的にどういう症状をそう呼ぶのかは知りませんでした。少なくともラナが亡くなる前に調べようという気は起きませんでした。亡くなった直後には、自身を客観化するためにペットロス関連の書籍を読み込むことも必要と考えていましたが、少し時間を重ねると何を考えるにも億劫になり、結局まったく手つかずのままでした。

 それが、今週末の三連休を迎えるにあたり、嫁さんにやりたいことをいろいろ聞かれて、まったく何もする気が起きてこないことに気が付き、自身の症状と「ペットロス」との関連が気になってちょっとググってみようと思い立ちました。

 ・心身に様々な反応が生じるのは特別なことではない。
 ・時間の経過とともにプロセスを経て緩和していくが、その人の個性、環境、絆の深さなどにより回復までに必要な期間は様々(1ヶ月〜3ヶ月、1年以上のケースも)。
 ・喪失の悲しみを克服するには、以下の5段階のプロセスを経るらしい。

 ※プロセスは人により様々でしたが、ざっと見た限りではキュブラー・ロス(5段階)、アルフォンス・デーケン(12段階)のものが有名どころのようです。しかし、そもそもはがん患者など死期の迫った者自身が、「死」を受容していく心理的過程を現したものなので、ちょっと違和感がありました。

 以下、プロセスごとに、思うところを書いてみました。

 1.事実の拒絶 denial…死の事実を否定する段階

 60日間の闘病の最中、徐々に覚悟を養っていったし、最期も看取れたし、荼毘にも付した。拒絶しようがありません。それよりも、その前段階、最初に倒れた時とターミナルケアの選択を迫られた時(予期悲嘆)に、拒絶反応がありました。しかし、その時はやらなければならないことが山積みで(前者はラナを救うため、後者は苦痛を少しでも取り除くため)、拒絶という形で立ち止まることは許されない状況でした。だから、ほとんど体験していません。


 2.周囲への怒り anger…死の原因を獣医や家族や友人知人などに向ける段階

 怒りの矛先は、最終的には自分自身に向きました。知識と経験が足りなかったことに対して。最初に倒れて死にかけた一ヶ月前から、一日中動けなくなったり、食欲が落ちたりとサインはありました。なぜあの時、血管肉腫と分かってやれなかったんだろう。ゴールデンレトリーバーはとくにガンに罹りやすい犬種だと知っていたら、もっと定期的に検査して早期に発見できていたら、また違った未来があったのではないか…?
 この怒りは、今もずっと燻り続けていて、次のプロセスに移ったからといって消失するものではないと思います。小さくなっても、おそらく一生消えることは、ない。

 3.回避の取引 bargaining…死からの復活を願う段階

 まだラナが生きているうちに「血管肉腫が治るなら、自分の寿命を10年奉げます」なら分かるけど、クローンならまだしも、骨と化した身体が再び動き回るなんて想像できない。取引したいという気持ちにはなりようがありません。

 ただ、逢いたいという気持ちはあります。夢の世界であれば、逢えるんじゃないかと思ってます。シチュエーションは憶えてませんが、なんどかラナが登場する夢を見ました。
 どこか覚めていて、これは夢だと理解している。歩き方や毛並み、表情が鮮明に再現できていることに驚き喜ぶ反面、夢から覚めつつあることを察したとき、ふだん蓋をしている悲しみが解き放たれ、強く渦巻いてしまう。しばらくうなされたあと、目が覚めるというパターン。胸が痛むけど、また出てきてほしいと思ってしまう。

 4.抑鬱 depression…死という事実が変わらないことを悟り、無気力になる段階

 これまでのプロセスがしっくりと来るわけではないんですが、現在は、この抑鬱のプロセスにあると思われます。といっても、プロセスをひとつずつ乗り越えた結果ではなく、2〜5段階を同時並行的にこなしている中、この4が最も強いかなという印象。
 以前にも書きましたが、「川下り」は趣味といいながらも、相当長く、深くのめりこんでいました。ライフワーク、生きがいと言ってもよいと思います。そこのモチベーションが上がらないということは、現在は生きがいを失っているに等しい状態かと。

 5.事実の受容 acceptance…死を受容し、心に平安が訪れる段階

 死は、遅かれ早かれ必ず訪れるもの。そんなことは当然と受け入れていたつもりでしたが、今の精神状態から鑑みると、理解はできていても納得はしていないんでしょうね。理屈だけでどうにかなるものではないみたい。いつになればこの無気力状態から脱却できるのか、現在のところ検討もつきませんが、ただ今までは自身の気持ちをこうして文字にしてまとめることすら億劫に感じていたから、少しは前に向かって歩き始めつつあるのかなとは思います。


ニックネーム ラナ父 at 22:50| Comment(2) | 悲哀の仕事編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月16日

【後日譚】初七日

 私の趣味は、川下りです。
 新たに下れそうな川の情報収集、現地の下見、下り終えた後のレポート、ムービー、川地図作成などなど、前後の作業も含めると、自分の時間はほとんど川に関する事柄に費やされてきたといっても過言ではありません。しかし今、自分でも不思議なくらいにモチベーションが湧き起こりません。年初の目標(年間50日以上漕ぐ&新しい川15本以上)にも、価値を感じられなくなってしまいました。
 とくにここ2年くらいは、ラナがいつ引退するか分からないという強迫観念が大きな原動力になっていたので、必然の結果かもしれません。ただし、今も川は大好きです。やっぱり、自分一人だけ楽しむのがどこか申し訳ないというか、後ろめたさを感じているんでしょうか…? この先どうなるか分かりませんが、少なくとも今は、今までのように毎週末漕ぎたい!という感じではなくなってしまいました。

 さて、今日はラナの「初七日」でした。
 現在、三途の川のほとりにいるらしいです。生前の行いがよいほど穏やかな流れとなるようですが、ラナは好んで激流を選んでしまいそうな気がします。

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 先週末14日土曜日、安曇野の地にて、おおさわさんから絵をいただきました。毎年にじますカップのステッカーをデザインされている方にわざわざ依頼して、描いていただいたようです。改めて御礼申し上げます。遺骨に並べて飾らせてもらうことにしました。
 ラナの写真はたくさん残っていますが、「絵」という形では初めてだと思います。じっと向き合っていると、筆のひとつひとつに、描いた方の気持ちが伝わってくるようで、どこか切ないけれども、ふんわりと温かい気持ちになることができました。

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ニックネーム ラナ父 at 22:31| Comment(4) | 悲哀の仕事編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月13日

【後日譚】ずっと忘れない

 ラナが眠りに就いて3日目。動けなくなった日曜日から最期の時を迎えるまでの間は、一日一日がやたら長く感じましたが、昨日あたりから、またいつもの時間の流れに戻りつつあります。

 昨日の朝は雨でした。夜中に半分寝ぼけて雨か、散歩めんどくせーな…と起き出しましたが、一緒に行く相手がいないことにはっと気が付く。ポケットに入っていたコンビニ袋を手に取る。外出中にいつうんちしても対処できるよう、ズボンやカバンのポケットにはビニール袋を常時ストックしておく癖がありましたが、それももう、必要ないんやとゴミ箱に捨てる。朝風呂から上がってきた嫁さんも、お風呂に入ると必ず鼻でドアを開けて覗きに来る姿がないのが寂しいね、と。

 職場から帰ってきて玄関の扉を開いても、部屋は暗く静寂に包まれたまま。バタバタと床を鳴らし、しっぽを振って駆け寄ってくる姿がない。時には熟睡中だったのか、寝ぼけ眼で半目でお迎えしてくれたものでした。何かの折、半ば無意識に、あれラナはどこいった? と目で追って影を探し、ああ、そうやったとため息をつく。お風呂上がりには、たいていバスマットの上に寝そべっていて、ラナ、床が濡れてまうからどいて〜と言うのが日課でした。お風呂から上がっても、白いバスマットが整然と敷かれているだけ。

 こうやって、ラナがいなくなったことを実感しながらも、やがて徐々にいないことに慣れていき、いつかは忘却の彼方へと消え去ってしまうのでしょうか。今の痛みはつらいけど、それでも忘れてしまうよりはいい。ラナとの思い出は、それこそ数えきれないほどたくさんあります。それだけに、気が付かぬうちに掌からこぼれ落ちて消え去ってしまっているのが、たまらなく怖い。だから、ずっと忘れないでいるために、今のうちにできるだけ様々な形で残しておきたいと思います。

 2004年から始めた「わんことカヌー」のホームページは、ラナとの別離をもって更新を終了するつもりでしたが、ラナとの思い出を振り返る場として、もうしばらく続けていきたいと思います。

 これからやりたいことですが、次のように考えています。

 ・過去の川下りレポート11年分(2004〜2014)の再読
  →改めて思い出すことがあるかもしれません。
 ・ラナの通算出撃日数のカウント
  →600日は超えているはず。
 ・ラナの河川ごとの出撃日数のカウント
  →長良川やナラヨシはすごい数字になってそう。
 ・『思い出ぽん!』アプリ「わたし、犬、いぬ」で2005年〜2010年までの思い出アルバム作成
  →すべての写真を眺めなおすので、改めて思い出すことがあるかもしれません。
 ・最後の川下りとなった鳩ノ巣渓谷、その他諸事情でお蔵入りとなっていたムービー作成
  →編集面倒くさい、仕事忙しいなどで撮ったまま未編集の映像が残ってます。
 ・ラナの歯や毛を使ったアクセサリーの作成
  →「犬毛フェルトの本」など参考になりそうな本が出てますね。
 ・ラナとご縁のあった方々との追悼ダウンリバー
  →思い出話に花を咲かせたい。泣いてしまうかもしれませんが。
 ・ラナと訪れた思い出の川で散骨ダウンリバー
  →一部を粉骨して散骨したいと思っています。

 以上を通じて聞いたこと、感じたことなどを記録として残していけたらなと考えています。

 ↓2005年思い出アルバム作成中に見つけた1枚(2005年10月1日 於:長良川)。

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ニックネーム ラナ父 at 23:28| Comment(2) | 悲哀の仕事編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月11日

【後日譚】荼毘に付す〜区切り〜

 昨晩は、ラナと最後の添い寝をしました。何か書いているときや電話しているときなどは冷静でいられるんですが、一人になったときなどに刹那悲しみの波が押し寄せてきます。波から逃れるように、ビールと焼酎をがぶ飲みして、酔い潰れて眠りました。

 今日は、会社を休ませてもらいました。嫁さんはどうしても仕事が外せず、泣く泣く出社しました。

 まず葬儀の手続きを進めなければなりません。
 事前に考えていたのは、荼毘に付す(火葬する)ことを前提に、
 ・遺骨はすべて持ち帰りたい
 ・毛と歯がほしい
 というものでした。

 できれば家族全員で見送ってあげたかったんですが、今日の遅い時間帯から実施できるところが見つかりませんでした。明後日枠ではありましたが、となるとそれまでの間、霊園の霊安室に保管することになります。すでに魂の離れた肉体といっても、もう、離れ離れになるのは嫌でした。結局、13時からなら可能と回答をもらった比較的近くの動物専用霊園にお願いすることにしました。

 それまでの間、バリカンでラナの毛をもらいました。けっこう大きなハゲを作ってしまったので、虹の橋の向こうでめちゃ怒ってるやろなあ…。ごめんね。どうしても、君の分身を遺しておきたかったので…。
 毛を刈る間に死後硬直が解けて「解硬」しました。そうなる仕組みとは後で調べて知ったのですが、その時点では、もしかして生き返ったのか…? と思わず心臓に耳を当てるくらいに肌触りが生きているころのそれと似ていました。肉球を撫で、首筋や背中、お腹をさすり、最後の抱擁をしました。

 クルマに積みっぱなしだったラナ用のクレートを天地逆にして台車に乗せ、クレートの背面にラナを乗せて部屋からクルマまで運ぶ。
 また、すぐに戻ってくるからね。心配しなくていいんだよ、と思わず語りかけてしまう。魂はもう、そこにはないはずなのにね。

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 最後のお見送りの場を設けていただきました。

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 たくさんのお花で包みこんであげました。本当の本当にこれが最後の見納めだと思うと、また涙が溢れてきました。ラナはもう、病から解放されたんだ。虹の橋の向こうで、自由に走り回って、キレイな川に飛び込んで、泳いでるんだ。だから、決して悲しむことではない。笑顔で見送ってやろう…と思っていたけど、ダメでしたね。

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 火葬場から登りゆく煙をぼんやりと眺めながら、ラナが天に召されていく様を思い浮かべていました。

 待ち時間の間、落ち着きのない子どもたちのために霊園をぐるっと散策していました。疲労がいよいよピークなのか、頭痛と吐き気でコンディションは最悪です。
 霊園は、予想していたよりすごく大規模でした。飼い主としての愛情はみんな同じなんやねえ。ちなみに、ラブの「まさお君」のお墓もありました。

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 お骨上げを済ませる。すべての骨を、余すことなく拾い上げました。6寸壷がいっぱいになりました。歯は、当初のイメージとは随分違ってました。灰化してひび割れているので、そのまま飾りにして持ち歩くのはダメですね。何か包み込むケースが必要です。

 出るときと比べると随分小さくなってしまったけれど、また家に帰ってきました。これからも、ずっと一緒だよ。
 まもなく、おおさわさんから大きな大きなお花が贈られてきました。「にじますカップを盛り上げてくれて、今までありがとう!」ですって。よかったね、ラナ。

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 今日のこの荼毘に付すイベントは、ひとつの「区切り」でした。
 火葬場からの煙を眺めていた時なのか、この手で骨を拾い集めて骨壷に入れていた時なのか、よく分かりませんが、ラナの姿形が大きく変わってしまったことによって「ラナはもう、いないんだ」という実感を大きくすることになりました。触れられる肉体があったがために、気持ちの上では生きているのか死んでいるのか曖昧な、まぜこぜになっていた認識が、一気に「死」の側に進んだように思います。火葬って、「死者の未練を断ち切り成仏させる」という認識でしたが、むしろ「残された者の悲しみからの解放」の意味合いが強いのかな。あまりにも大きく空いた穴は、とうてい埋められる気がしませんが、これから少しずつ、ラナのいない現実と向き合っていきたいと思います。



ニックネーム ラナ父 at 23:10| Comment(2) | 悲哀の仕事編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月10日

【闘病編】ありがとう、そしてさようなら

 闘病開始してちょうど60日目の本日、2014年6月10日16時56分、ラナが永い眠りにつきました。

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 仕事を早めに切り上げて、16時半ごろに帰宅しました。応援に来ていただいていた兵庫三田のばあばと少しお話した後、ばあばが買い物に出かけて私とラナが二人っきりになった矢先のことでした。

 私が帰るのを、待っててくれたんやね。それも二人っきりのタイミングになるまで…。漫画とか小説の世界だけと思っていましたが、絶対に偶然じゃない。でも、最期にこんな演出してくれるなんて、反則やん…。

 仕事している以上、最期は看取れないかもしれないと覚悟していましたが、帰りを待っていてくれるとは、最期まで親孝行な娘でした。
 ラナがうちに来て今日で11年と4ヶ月と28日となります。ラナと巡り逢えて、私は幸せでした。ありがとう。たくさんのかけがえのない思い出を、本当にありがとう。
 来世でまた巡り逢って、一緒に川を下ろう。143本で中断してしまった川旅の続きをしよう。

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 今朝早朝のお散歩。これが最後の外出となりました。

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 ※いただいているコメントの返信は少々お時間ください。すみません。

ニックネーム ラナ父 at 18:55| Comment(16) | 血管肉腫 闘病編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月09日

【闘病編】看取る覚悟

 ラナをうちに迎えて、今日で11年と4ヶ月と28日になります。

 空が白んできました。久しぶりに見る青空。
 ラナは、2ヶ月前のようにえずいたり吐いたりすることは一度もなく、じっと横になったままです。よく眼を開くので、眠りは浅いようですが、見た感じは穏やかそうにしています。

 お腹はさらにパンパンに膨張してました。トイレに連れて行こうと促してみましたが、やはり、動けないままでした。昨晩町田で買ったモンベルの抱っこひもを装着しましたが、身体に力が入らずぐったりしているので重すぎて持ち上げられない。昨日より、さらに弱ってしまっていると思い知らされることになりました。

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 昨日の夕方が最後の外出だった…と思うと、つらい。まだ頭は持ち上がるし、意識もはっきりしている。なんとか外の景色を見せてやりたいと、諦めきれずに再度試みました。沖縄旅行を道中キャンセルして昨晩急遽戻ってきた嫁さんにもフィッティングを手伝ってもらって、今度はうまくいきました。

 まだ誰もいない公園のベンチにおろしてやる。

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 一日のうち、この早朝の時間帯が一番好きです。
 山奥だったり、広い川原だったり、車内で、テントの中で静寂に包まれて迎える朝はとても清々しい。ここは住宅街のど真ん中の公園ではありますが、長く続いた雨のあと久しぶりに覗かせた太陽の光はとても気持ちがよくて、ぼんやりと旅の思い出にふけることができました。

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 やがてベンチから下りたいというので抱きかかえて下ろしてやると、よろよろとふらつきながらも草むらに突っ込んでいきました。まだ、歩けるのか…? そこで用を足そうとしましたが、途中で崩れ落ちてしまう。それからは草むらに這いつくばったままでしたが、溜まっていたおしっこは出せたみたいでした。

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 家に連れて帰ると、また現実に引き戻される。

 ラナは充分がんばった。もう、がんばらなくていいんだ。穏やかに、安らかに眠ってくれればいい。そう決断したはずなのに、何もできず、ただ見守っているだけしかできない今の状態がこの上なくつらい。

 まだ何か助かる方法はあるんじゃあないのか?
 もっともっと、最後の最後まで抗い続けるべきじゃないか?

 堪えていた涙が、また溢れてきました。今流れているのは、別れを惜しむそれではなく、何もしてやれないことへの悔し涙です。

 本当は、薄々気がついているんです。
 ラナを黙って看取ってやることに私の心が耐えられないから、あの手この手で結末を先送りする策を考えることで、彼女の死を受け入れることから逃げようとしていることに。
 だからこの涙には、自分の不甲斐なさに対して悔しいという気持ちも含まれています。

 ラナが心配してしまうから、目の前では泣かないって決めたのにね。今夜こそはハラ括って、心穏やかに過ごしてやりたいと思います。


ニックネーム ラナ父 at 06:51| Comment(4) | 血管肉腫 闘病編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月08日

【闘病編】潮時→ターミナルケアへ

 異変は4時ごろでした。しとしと降り続く雨の中、おしっこさせるために外に連れ出しましたが、マンションの入口に戻るなり、へたり込んでしまいました。10日前の場合は、30分も満たないうちに元に戻りましたが、今回は回復しません。抱きかかえて、病院まで連れて行きました。

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 もともとドキソルビシンの副作用の経過観察で心臓のチェックをするのが目的でしたが、それどころではありませんでした。血液検査の結果は、予想していた中で、最も悪いものでした。もう、赤血球がほとんどない…。血小板も使い果たしています。赤血球を再生する力も激減しているとのことでした。

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 何か、してやれることは? 対策を考えました。

 ・輸液(2ヶ月前は成功)→病院内で死亡してしまう可能性も大。
 ・輸血(1週間前に実施)→もって2日(うち1日は病院で過ごす)。

 いずれも一時しのぎにしか過ぎず、腹腔内の腫瘍からの出血を止めないことにはどうしようもありません。腫瘍のサイズは2.3cm程度。前回(2cm程度)と同じくらいです。これらのツブツブがお腹中に散らばっていて、ジワジワと血を出し続けていたのでした。お腹の膨らみはやはり腹水で、中身は血液。抗がん剤が効いて出血が止まる、という一縷の望みは、絶たれてしまったようです。

 打つ手はもう、なくなりました。

 闘病生活を送るにあたり、決めていたことがあります。
 @ 悲しまず、前向きに考える
 A 最後まで諦めずに戦うが、時が来れば退く

 今が、まさに退き際なんじゃないかと思いました。

 ラナ、本当によくがんばったよ。脾臓摘出したり、抗がん剤なんてきっつい治療に今までつきあってくれて、本当に、本当にありがとう。

 数値的には、播種性血管内凝固症候群(DIC)が始まって今日明日の命らしい。闘病開始して、2ヶ月もちませんでした。もう少し長い間、元気な姿で一緒にいられると思ってたんですが、早かったな…。

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 抱きかかえて公園まで歩きましたが、24.3kgをオール抱っこするのはかなりきつい。モンベルでドッグキャリーハーネスといういわゆる抱っこヒモが売っていたので、お散歩終了後に急遽町田のグランベリーモールまで買いに行きました。

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 終末期医療(ターミナルケア)という言葉があります。安らかに死を迎えられるよう、苦痛を緩和する目的の医療です。これからは、いかに苦痛を与えることなく最後を迎えさせてやるかについて、最優先で考えていきたいと思っています。
 まずは、赤血球が足りないと、体中に酸素がいき渡らない→息苦しく感じることもあるそうなので、「酸素濃縮器」をレンタルしました。

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 ラナ用に吸入口を作ってあげましたが、すぐ顔の向きを変えるのでなかなかうまくいきません。今夜はひさしぶりに添い寝ですね。

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ニックネーム ラナ父 at 22:25| Comment(8) | 血管肉腫 闘病編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月07日

【闘病編】低空飛行&不安定

 低空飛行でも安定してくれていればまだいいんですが、どうもぐらついて落ち着きません。

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 ・昨日から水をすごく飲むようになりました。1日にボウル3杯分くらいは飲んでます。これまで1杯分も飲まなかったから、3倍以上となります。おそらくはステロイドの副作用かと思われます。
 →必然的にトイレの回数も増えます。日中は不在のためどうしようもありませんが、夜間は眠たい目をこすりながら定期的に外に連れ出してます。19時→23時→3時→7時みたいな感じです。

 ・お腹がぽっこりしてきました。大量に飲む水のためだと思いたいのですが、「腹水」の可能性もあります。昨日、今日の2日間で一気に大きくなってしまいました。

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 ・大量に水を飲むようになったのと時を同じくして、ごはんを食べなくなりました。最近はキャベツやらきのこ類やら鶏ささみやらを煮込んであげていたんですが、見向きもしてくれません。身体によくないということで禁じていたおやつ類を出したところ、異様に食いつきがよかったので、食欲がなくなったわけではなさそうです。昨晩、奥さんが焼きささみを作ってくれましたが、すさまじい勢いで平らげました。
 今朝は奥さんが鶏胸肉を同じく焼いて、プラスさつまいもに件のきのこ汁を混ぜてフライパンで炒めたところ、これも一気に完食してくれましたが、夕方私が同じメニューを炒めなおしてあげたところ、半分も食べてくれませんでした。なんでやねん。ということで現在どうやったら食べてくれるのか、頭を悩ませています。

 さて、今日は終日雨でした。どこの川も水位上がりまくってますが、今の私には関係のないことですね。子どもたちと朝からケーキ作りしました。

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 奥さんが今日から沖縄旅行に出かけるんで見送りついでに新百合ヶ丘で時間つぶし。仮面ライダー鎧武の「極ロックシード」げと。

 なりきり大好きな川次郎くん「極アームズ 大 大 大 大 大将軍!」

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 おもちゃ屋さんは最近「妖怪ウォッチ」ばっかで仮面ライダー関連が比較的目立たなくなっちゃってますね。

 夕方からは、かねてより子供たちと約束していた餃子づくり。

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 ぜんぶで40個。包む作業やるのって何十年ぶりかくらいに久しぶりです。けっこう時間かかりますね。

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 大さじ2杯のごま油引いて、100ccのお湯入れてフタして5分焼いたあと、水分飛ばすとこんがりといい感じに焼けてきました。

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 自分たちで作ったという思いがあるからでしょうか。ふたりの食べっぷりはハンパなかったです。

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 ふたりで30個くらい一気に平らげました。

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ニックネーム ラナ父 at 23:51| Comment(2) | 血管肉腫 闘病編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月04日

【闘病編】無事退院しました

 病院から電話がかかってくるんじゃないかと、日中はドキドキしていました。お昼休みに逆に病院に電話したら、元気にしていますとのことでほっとしました。朝ごはんも食べて、散歩にも出かけられたらしい。

 夕方、子供たちを保育園にお迎えに行って、そのまま病院に向かいました。体調的には、輸血前の低空飛行状態かな。副作用はこれから消化器毒性→骨髄抑制の順で出てきますので、しばらくかなり注意深く推移を見守る必要があります。とくに異常がなければ次回は日曜日に血液検査と心臓脈拍モニタリング(心毒性の影響確認)の予定。

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 それにしても無事帰ってきてくれてよかった。この抗がん剤を機に、なんとか貧血が持ち直してくれれば…。


ニックネーム ラナ父 at 21:11| Comment(0) | 血管肉腫 闘病編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月03日

【闘病編】2回目の抗がん剤投与、敢行→入院

 今日は抗がん剤投与予定日です。

 もともと一昨日の日曜日が予定日だったんですが、貧血の悪化によりNGとなり、輸血を行いました。同日の抗がん剤投与はダメと言われてしまいまして、2日空いた今日時点で赤血球の数値が改善されているようであれば投与OKとなります。

 さて、血液検査の結果は、思わしくありませんでした。とくにヘマトクリットについては、一昨日より悪くなっています。先週から投与開始したステロイドが貧血を抑止できていないこと、また、今朝歯ぐきを見たらまた白っぽく戻っていたように見えたので、この結果はある程度は覚悟はしていました。

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 自己試算した上昇期待値と結果
  項目      期待値         結果
1. 赤 血 球 数:165〜255個×10,000/μl⇒42個×10,000/μl
2.ヘモグロビン :1.6g〜2.4g/dl    ⇒1.1g/dl
3.ヘマトクリット:6%         ⇒マイナス1%

 病院側の判断としては、「抗がん剤の投与はできなくはない数値だが、リスクもあるので、よくよく考えた上でご判断ください」とのことでした。

 よくよく考えてっても、すでに予想はしていました。出した結論は、抗がん剤を「投与する」でした。

 @投与した場合(抗がん剤+ステロイド)
+ステロイドの免疫抑制効果により、白血球が減少し、貧血が軽減する可能性がある。
+がん細胞の活性が鈍化し、貧血が改善する可能性がある。
+副作用の骨髄抑制に伴い、白血球が減少し、貧血が軽減する可能性がある。
−副作用の骨髄抑制に伴い、赤血球が減少し、貧血がさらに悪化する可能性がある。

 A投与しなかった場合(ステロイドのみ)
+ステロイドの免疫抑制効果により、白血球が減少し、貧血が軽減する可能性がある。
−がん細胞のさらなる増加に伴い、貧血がさらに悪化する可能性がある。

 @については、
 「抗がん剤の抗腫瘍効果+白血球減少による貧血改善>赤血球減少による貧血悪化」
 となってくれれば、まだ改善の見込みがあると考えました。ただし、いっぽうで逆(<)と出てしまう可能性だって充分にあると思います。

 Aについては、抗がん剤を諦め、ステロイドのみで抗炎症処置を続けるというものです。白血球がこのまま減少してくれれば、改善する可能性があります。しかし、抗腫瘍効果はありません。

 貧血の原因が明確になっていないのですが、私はやはり主原因は腹膜内腫瘍にあるように感じています。こいつらを消さなければ改善の見込みはない。そのためにはやはり抗がん剤がベストな選択だと思うのです。副作用で貧血がさらに悪化してしまえば、正直、もうもたないかもしれません。しかし、だからといって投与を見送るという決断を下すにはまだ早いと考えています。ラナはまだ、なんとかではありますが、闘えるはず。希望はあると考えました。

 状況的に抗がん剤投与後の経過観察が必要とのことで、ラナはそのまま入院することになりました。
 入院はかわいそうやなあ…。でも、まだまだ少しでもたくさんの川を下るためです。ラナ、がんばって!


ニックネーム ラナ父 at 23:01| Comment(0) | 血管肉腫 闘病編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする