2014年09月17日

【後日譚】百か日

 本日でラナの百か日を迎えました。

 しばらく何もやる気になれず、2ヶ月ほど休眠していましたが、8月以降は実はほぼ毎週末漕いでます。まあ、そのほとんどがファミリーカヤックなんですが。

 そこでいくつか気が付きました。

 私、やっぱり川が好きですわ。そして、初めて下る川に出会った時のドキドキ感。この気持ちは変わってませんでした。ホワイトウォーターを漕いで、瞬間的に気持ちが昂ぶることもありました。

 でも、どこか虚しさが残ってしまっていて、心から笑えない。喪失感が埋まることもない。

 百か日とは、「卒哭忌」とも呼ばれるそうです。すなわち、悲しむのを終える日という意味合いですね。
 たしかに時間薬という言葉もあります。とはいえ、たったの100日で終われるわけないやろという気持ちが強い。むしろこの先もずっと、胸に空いた穴は埋まらない気がします。でも最近は、それでもいいかなと思うようになってきました。無理に穴を埋めようと考えず、受け入れていこうかなと。まだ若干アルコールに依存気味ですが、なんとかなるでしょう、きっと。


 ところで、(以前higさんにいただいたコメントにあった)コンラート・ローレンツ 小原秀雄訳,2009;「人イヌにあう」早川書房 を読みました。
 ※原作は1955年出版とかなり古い本です。

 最終節の9ページ「忠節と死」は、たぶんラナが生きてる時は、さらっと流し読みして終わってたでしょうね。失ってはじめて迫りくるものがあります。何度か読み返しました。

 喜びの代償には、必ず悲しみがある。
 犬の死は、多くの苦しみをもたらすが、犬の場合は代わりがいる。
 犬も個性豊かではあるが「その魂の深みにおいて、人間との特別のつながりを支える深い本能的感情において、イヌはおたがいに非常によく似ている」。
 寿命という制約上、人は「一匹のイヌにたいして忠実でいることはできない。しかし、その品種にたいして誠実でいることはできる」。
 表情やしぐさなど性格の特性は、人間に比べて子孫にはっきりと受け継がれる。

 ラナには残念ながら子どもがいなかったけど、生粋のゴールデンレトリーバーでした。ゴールデンの中に、いつかどこかでラナの片鱗を見ることができたらいいなと思っています。


ニックネーム ラナ父 at 21:55| Comment(6) | 悲哀の仕事編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月08日

【後日譚】ペットロス関連の本 3

 いままさに日本列島を縦断せんとする台風11号。お盆休み期間中に列島を縦断した本格的な台風としては、2003年の台風10号以来だそうです。
 それを聞いてふと、懐かしい思いにかられました。当時は、ラナがウチに来て初めての夏休みでした。大増水の四国入りを若干順延し、岡山で2日ほど滞在しました。これからラナを喪って初めての夏休みを迎えます。11年前と同様に四国に入り、思い出の地を廻ろうかと考えていますが、どうなることでしょう。

 さて、ペットロス関連の本第3弾です。今回は、今までと違って喪失の哀しみではなく、どのように共に生きてきたかがテーマの中心になってますね。振り返ってみるまで自分でも気が付いてませんでした。

■谷口ジロー,2001;「犬を飼う」小学館
・マンガ
・老犬タムが亡くなるまでの8ヶ月間が描かれている。看取るシーンがクライマックス。マンガならではのリアルな描写に胸を打たれました。

 「生きるという事、
  死ぬという事、

  人の死も犬の死も
  同じだった。」

■影山直美,2014;「柴犬ゴンの病気やっつけ日記」ベストセラーズ
・イラストエッセイ
・7ヶ月に及ぶがん(扁平上皮がん)闘病記。闘病にテーマを絞った作品を読むのは初めてかな。セカンドオピニオンを取って放射線治療した後のかかりつけの獣医さんとの気まずい雰囲気(がんと診断できなかった)のシーンがでてきますが、その気持ちすごく分かります。

■斉藤政喜,2005;「シェルパ斉藤の犬と旅に出よう」新潮社
・エッセイ
・シェルパ斉藤さんの本を読むのは実は初めてです。水と陸と活動場所に違いはあれど、わんこを旅の相棒とする基本概念は同じですね。ニホとの別離のシーンは多くを語らないシンプルな描写でしたが、逆に胸に迫るものがありました。

「…ぼくは犬たちと旅に出たくなった。ニホと出かけるはずだった、あの長い散歩の続きをしよう。…」

 私も…。でも、いまは、おひとりさま。しかし、いつかまたわんこと旅がしたいな。そういやかつて雑誌の取材費がわりに「シェルパ斉藤のコーヒー」をいただきましたが、あれはどこにやったんだろうか。

■野田知佑,2010;「カヌー犬・ガク」ポプラ社
・エッセイ
・昔後輩に貸し出したまま返ってこず長らく読んでなかったので、これを機に新品を買い直しました。何度読み返してもやっぱりガクはかっこいい。かつてこれぞ犬と人の理想的な関係と思っていましたが、その思いは変わっていなかったと改めて認識しました。ガクとの思い出話が中心で、死直後の喪失感については多少触れられていますが、その後の心境の変遷については語られていません。すごく読んでみたいけど、その機会は訪れるんだろうか。


 さて、年表作りをようやく本腰入れて始めました。こつこつ書き溜めた川下りレポートを一から読み返してます。たぶんワードファイルにしたら2,000ページ以上はありそう…? 「ちりつも」の力ですね。そんな膨大な資料の中からラナに関連する内容をピックアップしてます。思っていたよりはるかに長期に渡る作業になりそう…。

 2003年から始まって、現在、2007年分を読み込み中。辛くなるかな…と覚悟していましたが、昔のことすぎるからか、自分でも不思議なくらいに安らかな気持ちで向き合えています。テーマが川下りレポートなのでしょうがないとはいえ、ラナ主体の記事が多くないのが残念。もう少し掘り下げて書き残しておけばよかったな。

 この年表作りが終わったら、ラナの生涯について改めてまとめ直してみようと思っています。この作業が一応の完結をみた時、悲哀の仕事も終わるのかな、と感じています。


ニックネーム ラナ父 at 06:24| Comment(4) | 悲哀の仕事編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月28日

【後日譚】四十九日〜過去と向き合う〜

 今日で四十九日(忌明け)を迎えました。
 ラナは天国に渡り、私の気持ちもすっきりしたかといえば全然そんなことはなく、漆黒の闇のような胸の穴が埋まるには、まだまだ時間が必要みたいです。

 一つ感じるのが、「まだ哀しみ足りないのではないか」という点。
 看取った直後は、慟哭という表現がふさわしい泣きっぷりでした。夜が明けても、人目も気にせず涙していました。

 分岐点は、荼毘に付した後。
 気が付けば無気力になってしまい、過去に向き合あおうという意欲が失われていました。この状態は、60日の闘病生活にかなりの時間・労力・コスト・情熱を注いだ結果、燃え尽きて灰になったためなのか、無意識下でこれ以上の哀しみは受け止めきれないという自己防衛本能が働いたためなのか、分かりません。
 以降、涙を流すことはなくなりましたが、今思えば、胸の奥深くに哀しみの核がまだ残っていて、理性の箱に押し込めて蓋をしただけだったような気がします。箱の中で渦巻く哀しみの感情は、寝入った際に蓋から漏れ出て、夢を見てうなされるという形で現れていたように思います。

 いつまでも逃避してばかりの自分に嫌気がさしつつも、どうしようもなかった時、ふと現在の自分の状況を客観視してみたいと思うようになりました。今までやりたいことなどひとつもなかったんですから、これはひとつのターニングポイントだったように思います。

 久しぶりにネットサーフィンして、ペットロスと呼ばれる言葉の意味や悲嘆のプロセスについて知りましたが、さらに書籍からも知識を取り入れたいと、いくつか本を買って読み始めました。
 何冊か読んでいるうちに、ふと腑に落ちるものがありました。死別の哀しみを乗り越えるには、犬の存在を自分の中でどう位置付け、どのように関わり合い、その死をどう捉えたかを理解するのがヒントになるようです。

 結局それは、ずっと逃げてきた過去と向き合うことでした。
 ラナと共に過ごした時間を振り返ってみて、幸せだったことや後悔していることなど当時の思いを改めて認識すれば、おのずと残っていた哀しみを受け止めることになるんじゃないでしょうか。

 ラナとの11年半の思い出…といっても、漠然として、なんだか記憶が霞がかったようで今ひとつ鮮明に思い出せない。闘病の頃はすごくリアルに思い出せるんですが、それ以前の日々についてはなんだか遥か昔の出来事のような感覚がします。共に川下りした記録は膨大にありますので、この記録を繙きながら記憶を呼び起こしてみようかと思いました。

 川下りの記録は約10年半分あります。まずはおおざっぱな流れを捉えるために、年表を作ろうかなと考えています。またどの川を何日間下ったかという統計データも作ってみようと思いましたが、これはピボットテーブルでわりとすぐ集計できました。
 
 ラナ出撃日数合計 597日 →大会やケガなどで一緒に下ってない日も多い。
 ラナ年間平均日数 49.8日
 ラナ 漕破 総数 143本

 ※ダウンリバーした日のみを抽出。川遊びのみは除く。

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ニックネーム ラナ父 at 23:39| Comment(2) | 悲哀の仕事編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月27日

【後日譚】ペットロス関連の本 2

 ラナを迎え入れるにあたって、犬の選び方、飼い方・しつけ方、ゴールデンレトリーバー専門書などいろいろ目を通してきましたが、その後わんこ関連の本については、あまり読む機会がありませんでした。迎え入れる目的が「カヌーで共に川旅をするため」と明確に決まっていて、それが実現されている限りは満足でした。そこで世界が閉じられてしまっていて、他者の関係にそれほど興味を抱くことがなかったということなんでしょうね。興味があったのはカヌー犬くらいでした。また、わんこのことなら何でも知りたいという気持ちに乏しかったとも思います(がん発見が遅れた原因のひとつはここにあると思っているので、今ではとても後悔していますが)。

 それが、60日間の闘病を経てラナを喪ってみて、他の人が自分の犬とどう向き合ってきたか(関係性)、その死をどのように受け止めたかについて、とても興味が湧いてきました。本を読み始めたきっかけはペットロス克服のヒントがほしいというシンプルなものでしたが、飼い主の性格、犬との関わり方や別れ方など「背景」がとても重要なんですね。
 ということで今回は以下3冊読破しました。

■ごとうやすゆき,2006;「ダメ犬グー 11年+108日の物語」幻冬舎
・イラストエッセイ
・日常の描写、犬の個性の描写が多く、感情移入しやすかった。一度死にかけて復活するシーンがありますが、そこの捉え方が同じでした。
 「グーがいなくなっても大丈夫なように、ぼくたちに心の準備をさせてくれたのかもしれないね。
 グー、ありがとう。」

■中野孝次,1990;「ハラスのいた日々」文藝春秋
・エッセイ
・「犬は家族の一員」という認識は今では当たり前かもしれませんが、1970〜80年代ではどうだったんでしょう。「犬であって犬でなかった」「人生の一部であった」。「飼主にとってはその犬以外の犬ではだめだという、ある絶対的な存在になる」。
 あと、犬は老いて始めてから、「人間にとってかけ替えのないもの、生の同伴者といった存在」になるというとおり、老犬になってからのエピソードが多い。

■折原みと,2012;「おひとりさま、犬をかう」講談社
・エッセイ
・全体を通じてこの人、強いなあと思う。
 喪失の悲しみはひとりで抱え込まない。「悲しみは分け合うもの」
 「一番辛いのは後悔すること」「だけど、悔いなく過ごした時間は、幸せな思い出となる」。

 ラナとは、とくに老いの兆しを見せてからは、悔いなきようにたくさんの川を下ろうと思って行動してきました。そろそろ、過去と向き合ってみますかね…。

 といっても、まだまだ読み足りない。今待ち状態のものは以下のとおり。他にもよさげなものがないか物色中です。

■谷口ジロー,2001;「犬を飼う」小学館

■コンラート・ローレンツ,2009;「人イヌにあう」早川書房

■斉藤政喜,2005;「シェルパ斉藤の犬と旅に出よう」新潮社

 ちなみに、本日ようやく川下りしました。行き先は御嶽。ここへ訪れるのはGW中、抗がん剤投入直前にラナと下って以来です。どうしても思い出してしまって、胸がドキドキして苦しかった。でも、子どもたちがめいっぱい楽しんでくれました。また連れて行ってやりたいと思います。

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2014年07月22日

【後日譚】ペットロス関連の本 1

 三連休、妻子は里帰り。私はといえば、気遣ってもらって独り静かに自宅で過ごしました。うち二日間は酒とゲームに浸りきりという今までと変わらない過ごし方でしたが、最終日は久しぶりに本を読みました。

 読書は、私にとってかなり消耗の激しい作業でして、ある程度心身状態に余裕がないとやれません。そういう意味では、何か読んでみようかなという意欲が出てきたのは、よい兆しなんではないかと思います。とはいえ、本来好きなミステリを読もうという気はまったく起こらず、対象はペットロス、愛犬との死別の哀しみ Bereavement について書かれた本です。先週あたりからいくつか書店を回ってみてたんですが、そんなコーナーはやっぱりというか、ありません。こういう時はAmazonが便利ですね。お手軽に探せます。気力の閾値が著しく低下している今の私には非常にありがたい。あまり深く考えず、お値段とタイトルと表紙のみで適当に何冊か選びました。

■松田朋子,2011;「さよならの合図 ペットロスから再び笑顔を取り戻すまでの90日間」メディアファクトリー
・読みやすそうだったので購入。
・エッセイ(マンガ)
・お別れの仕方がウチのラナとけっこう共通。とくに「散歩に行こうよ」のあたり。マンガだけあって、あっという間に読了。リハビリにはちょうどよかった。

■穴澤賢,2010;「またね、富士丸。」世界文化社
・表紙が大型犬だったので購入。
・エッセイ
・今の私と近しい年齢時に亡くしていることからも、感情移入しやすかった。「結局、時の流れに身を任せるしかない」という言葉が心に残った。

■カタリナ房子,2002;「ペットロスから立ち直るとき 愛犬レイアがくれた無償の愛」ハート出版
・表紙がゴルだったので購入。
・エッセイ
・死因があまりに理不尽で、私なら復讐するかも。いつまでも泣きたくなったら泣けばいい。それだけ愛せた証だから、という言葉はありがたかった。

■鷲巣月美編,1998;「ペットの死、その時あなたは」三省堂
・「ペットががんになった時」と同じ作者だったので購入
・実用本
・考え方を体系立てて整理するのに役立つ。印象に残ったのは「死は敗北でない」という一文。よい死を迎えさせることも飼い主の責任という考え方にはっとさせられた。


 ちなみに以下は注文済みで待ちのもの。他にもよさげなものがないか物色中です。

■中野孝次,1990;「ハラスのいた日々」文藝春秋

■折原みと,2012;「おひとりさま、犬をかう」講談社

■ごとうやすゆき,2006;「ダメ犬グー 11年+108日の物語」幻冬舎


 徐々に前に向かって歩き出した感がありますが、まだ過去に直接向き合おうという意欲は湧いてこない。この読書という行為も結局のところ逃避ではないのかという気がしないでもないですが、必要なプロセスだと思いたい。でもまあ、きっと「時の流れに身を任せる」気持ちでいたほうがいいんでしょうね。


ニックネーム ラナ父 at 23:36| Comment(12) | 悲哀の仕事編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月16日

【後日譚】悲嘆のプロセス

 気が付けば月命日(7月10日)も過ぎ、五七日(7月14日)も過ぎました。四十九日(7月28日)までも、あと2週間を切りました。

 ラナを荼毘に付した後、やりたいことについてあれこれ書き出してはみたものの、実は今日に至るまで何ひとつとして手をつけられてません。

 無気力。

 何かやりたいというエネルギーが湧き上がってこない。川で漕ぎたいという気持ちがゼロではないんですが、9割方は失われている状態。
 妻と子どもたちがいて、仕事があるから、平日の生活習慣は大きくは変わってません。職場では、フツーに会話もできるし、笑いもする。ラナのことに話題が及んでも、涙を見せることなく、冷静に話ができるようになりました。

 でも、あの日から、時計の針は動いていない気がします。過去と向き合うことで少しずつ気持ちを整理していこうと考えていたのに、記憶の引き出しを開ける意欲が湧いてこない。

 4月にラナが倒れて以降、血管肉腫に関する情報を集め、対策を考え、処置してきた時間は今、アルコールを浴び、ゲームの空想世界に逃避する時間へと置換されてしまいました。過去にも強烈なストレスに晒されると自分の内の世界に閉じこもる行為を何度か経験していますが、今回のはちょっと長い。

 まあ、いわゆる「ペットロス」と呼ばれる状態になるんやろなとはうすうす感じてはいましたが、その実具体的にどういう症状をそう呼ぶのかは知りませんでした。少なくともラナが亡くなる前に調べようという気は起きませんでした。亡くなった直後には、自身を客観化するためにペットロス関連の書籍を読み込むことも必要と考えていましたが、少し時間を重ねると何を考えるにも億劫になり、結局まったく手つかずのままでした。

 それが、今週末の三連休を迎えるにあたり、嫁さんにやりたいことをいろいろ聞かれて、まったく何もする気が起きてこないことに気が付き、自身の症状と「ペットロス」との関連が気になってちょっとググってみようと思い立ちました。

 ・心身に様々な反応が生じるのは特別なことではない。
 ・時間の経過とともにプロセスを経て緩和していくが、その人の個性、環境、絆の深さなどにより回復までに必要な期間は様々(1ヶ月〜3ヶ月、1年以上のケースも)。
 ・喪失の悲しみを克服するには、以下の5段階のプロセスを経るらしい。

 ※プロセスは人により様々でしたが、ざっと見た限りではキュブラー・ロス(5段階)、アルフォンス・デーケン(12段階)のものが有名どころのようです。しかし、そもそもはがん患者など死期の迫った者自身が、「死」を受容していく心理的過程を現したものなので、ちょっと違和感がありました。

 以下、プロセスごとに、思うところを書いてみました。

 1.事実の拒絶 denial…死の事実を否定する段階

 60日間の闘病の最中、徐々に覚悟を養っていったし、最期も看取れたし、荼毘にも付した。拒絶しようがありません。それよりも、その前段階、最初に倒れた時とターミナルケアの選択を迫られた時(予期悲嘆)に、拒絶反応がありました。しかし、その時はやらなければならないことが山積みで(前者はラナを救うため、後者は苦痛を少しでも取り除くため)、拒絶という形で立ち止まることは許されない状況でした。だから、ほとんど体験していません。


 2.周囲への怒り anger…死の原因を獣医や家族や友人知人などに向ける段階

 怒りの矛先は、最終的には自分自身に向きました。知識と経験が足りなかったことに対して。最初に倒れて死にかけた一ヶ月前から、一日中動けなくなったり、食欲が落ちたりとサインはありました。なぜあの時、血管肉腫と分かってやれなかったんだろう。ゴールデンレトリーバーはとくにガンに罹りやすい犬種だと知っていたら、もっと定期的に検査して早期に発見できていたら、また違った未来があったのではないか…?
 この怒りは、今もずっと燻り続けていて、次のプロセスに移ったからといって消失するものではないと思います。小さくなっても、おそらく一生消えることは、ない。

 3.回避の取引 bargaining…死からの復活を願う段階

 まだラナが生きているうちに「血管肉腫が治るなら、自分の寿命を10年奉げます」なら分かるけど、クローンならまだしも、骨と化した身体が再び動き回るなんて想像できない。取引したいという気持ちにはなりようがありません。

 ただ、逢いたいという気持ちはあります。夢の世界であれば、逢えるんじゃないかと思ってます。シチュエーションは憶えてませんが、なんどかラナが登場する夢を見ました。
 どこか覚めていて、これは夢だと理解している。歩き方や毛並み、表情が鮮明に再現できていることに驚き喜ぶ反面、夢から覚めつつあることを察したとき、ふだん蓋をしている悲しみが解き放たれ、強く渦巻いてしまう。しばらくうなされたあと、目が覚めるというパターン。胸が痛むけど、また出てきてほしいと思ってしまう。

 4.抑鬱 depression…死という事実が変わらないことを悟り、無気力になる段階

 これまでのプロセスがしっくりと来るわけではないんですが、現在は、この抑鬱のプロセスにあると思われます。といっても、プロセスをひとつずつ乗り越えた結果ではなく、2〜5段階を同時並行的にこなしている中、この4が最も強いかなという印象。
 以前にも書きましたが、「川下り」は趣味といいながらも、相当長く、深くのめりこんでいました。ライフワーク、生きがいと言ってもよいと思います。そこのモチベーションが上がらないということは、現在は生きがいを失っているに等しい状態かと。

 5.事実の受容 acceptance…死を受容し、心に平安が訪れる段階

 死は、遅かれ早かれ必ず訪れるもの。そんなことは当然と受け入れていたつもりでしたが、今の精神状態から鑑みると、理解はできていても納得はしていないんでしょうね。理屈だけでどうにかなるものではないみたい。いつになればこの無気力状態から脱却できるのか、現在のところ検討もつきませんが、ただ今までは自身の気持ちをこうして文字にしてまとめることすら億劫に感じていたから、少しは前に向かって歩き始めつつあるのかなとは思います。


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2014年06月16日

【後日譚】初七日

 私の趣味は、川下りです。
 新たに下れそうな川の情報収集、現地の下見、下り終えた後のレポート、ムービー、川地図作成などなど、前後の作業も含めると、自分の時間はほとんど川に関する事柄に費やされてきたといっても過言ではありません。しかし今、自分でも不思議なくらいにモチベーションが湧き起こりません。年初の目標(年間50日以上漕ぐ&新しい川15本以上)にも、価値を感じられなくなってしまいました。
 とくにここ2年くらいは、ラナがいつ引退するか分からないという強迫観念が大きな原動力になっていたので、必然の結果かもしれません。ただし、今も川は大好きです。やっぱり、自分一人だけ楽しむのがどこか申し訳ないというか、後ろめたさを感じているんでしょうか…? この先どうなるか分かりませんが、少なくとも今は、今までのように毎週末漕ぎたい!という感じではなくなってしまいました。

 さて、今日はラナの「初七日」でした。
 現在、三途の川のほとりにいるらしいです。生前の行いがよいほど穏やかな流れとなるようですが、ラナは好んで激流を選んでしまいそうな気がします。

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 先週末14日土曜日、安曇野の地にて、おおさわさんから絵をいただきました。毎年にじますカップのステッカーをデザインされている方にわざわざ依頼して、描いていただいたようです。改めて御礼申し上げます。遺骨に並べて飾らせてもらうことにしました。
 ラナの写真はたくさん残っていますが、「絵」という形では初めてだと思います。じっと向き合っていると、筆のひとつひとつに、描いた方の気持ちが伝わってくるようで、どこか切ないけれども、ふんわりと温かい気持ちになることができました。

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2014年06月13日

【後日譚】ずっと忘れない

 ラナが眠りに就いて3日目。動けなくなった日曜日から最期の時を迎えるまでの間は、一日一日がやたら長く感じましたが、昨日あたりから、またいつもの時間の流れに戻りつつあります。

 昨日の朝は雨でした。夜中に半分寝ぼけて雨か、散歩めんどくせーな…と起き出しましたが、一緒に行く相手がいないことにはっと気が付く。ポケットに入っていたコンビニ袋を手に取る。外出中にいつうんちしても対処できるよう、ズボンやカバンのポケットにはビニール袋を常時ストックしておく癖がありましたが、それももう、必要ないんやとゴミ箱に捨てる。朝風呂から上がってきた嫁さんも、お風呂に入ると必ず鼻でドアを開けて覗きに来る姿がないのが寂しいね、と。

 職場から帰ってきて玄関の扉を開いても、部屋は暗く静寂に包まれたまま。バタバタと床を鳴らし、しっぽを振って駆け寄ってくる姿がない。時には熟睡中だったのか、寝ぼけ眼で半目でお迎えしてくれたものでした。何かの折、半ば無意識に、あれラナはどこいった? と目で追って影を探し、ああ、そうやったとため息をつく。お風呂上がりには、たいていバスマットの上に寝そべっていて、ラナ、床が濡れてまうからどいて〜と言うのが日課でした。お風呂から上がっても、白いバスマットが整然と敷かれているだけ。

 こうやって、ラナがいなくなったことを実感しながらも、やがて徐々にいないことに慣れていき、いつかは忘却の彼方へと消え去ってしまうのでしょうか。今の痛みはつらいけど、それでも忘れてしまうよりはいい。ラナとの思い出は、それこそ数えきれないほどたくさんあります。それだけに、気が付かぬうちに掌からこぼれ落ちて消え去ってしまっているのが、たまらなく怖い。だから、ずっと忘れないでいるために、今のうちにできるだけ様々な形で残しておきたいと思います。

 2004年から始めた「わんことカヌー」のホームページは、ラナとの別離をもって更新を終了するつもりでしたが、ラナとの思い出を振り返る場として、もうしばらく続けていきたいと思います。

 これからやりたいことですが、次のように考えています。

 ・過去の川下りレポート11年分(2004〜2014)の再読
  →改めて思い出すことがあるかもしれません。
 ・ラナの通算出撃日数のカウント
  →600日は超えているはず。
 ・ラナの河川ごとの出撃日数のカウント
  →長良川やナラヨシはすごい数字になってそう。
 ・『思い出ぽん!』アプリ「わたし、犬、いぬ」で2005年〜2010年までの思い出アルバム作成
  →すべての写真を眺めなおすので、改めて思い出すことがあるかもしれません。
 ・最後の川下りとなった鳩ノ巣渓谷、その他諸事情でお蔵入りとなっていたムービー作成
  →編集面倒くさい、仕事忙しいなどで撮ったまま未編集の映像が残ってます。
 ・ラナの歯や毛を使ったアクセサリーの作成
  →「犬毛フェルトの本」など参考になりそうな本が出てますね。
 ・ラナとご縁のあった方々との追悼ダウンリバー
  →思い出話に花を咲かせたい。泣いてしまうかもしれませんが。
 ・ラナと訪れた思い出の川で散骨ダウンリバー
  →一部を粉骨して散骨したいと思っています。

 以上を通じて聞いたこと、感じたことなどを記録として残していけたらなと考えています。

 ↓2005年思い出アルバム作成中に見つけた1枚(2005年10月1日 於:長良川)。

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2014年06月11日

【後日譚】荼毘に付す〜区切り〜

 昨晩は、ラナと最後の添い寝をしました。何か書いているときや電話しているときなどは冷静でいられるんですが、一人になったときなどに刹那悲しみの波が押し寄せてきます。波から逃れるように、ビールと焼酎をがぶ飲みして、酔い潰れて眠りました。

 今日は、会社を休ませてもらいました。嫁さんはどうしても仕事が外せず、泣く泣く出社しました。

 まず葬儀の手続きを進めなければなりません。
 事前に考えていたのは、荼毘に付す(火葬する)ことを前提に、
 ・遺骨はすべて持ち帰りたい
 ・毛と歯がほしい
 というものでした。

 できれば家族全員で見送ってあげたかったんですが、今日の遅い時間帯から実施できるところが見つかりませんでした。明後日枠ではありましたが、となるとそれまでの間、霊園の霊安室に保管することになります。すでに魂の離れた肉体といっても、もう、離れ離れになるのは嫌でした。結局、13時からなら可能と回答をもらった比較的近くの動物専用霊園にお願いすることにしました。

 それまでの間、バリカンでラナの毛をもらいました。けっこう大きなハゲを作ってしまったので、虹の橋の向こうでめちゃ怒ってるやろなあ…。ごめんね。どうしても、君の分身を遺しておきたかったので…。
 毛を刈る間に死後硬直が解けて「解硬」しました。そうなる仕組みとは後で調べて知ったのですが、その時点では、もしかして生き返ったのか…? と思わず心臓に耳を当てるくらいに肌触りが生きているころのそれと似ていました。肉球を撫で、首筋や背中、お腹をさすり、最後の抱擁をしました。

 クルマに積みっぱなしだったラナ用のクレートを天地逆にして台車に乗せ、クレートの背面にラナを乗せて部屋からクルマまで運ぶ。
 また、すぐに戻ってくるからね。心配しなくていいんだよ、と思わず語りかけてしまう。魂はもう、そこにはないはずなのにね。

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 最後のお見送りの場を設けていただきました。

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 たくさんのお花で包みこんであげました。本当の本当にこれが最後の見納めだと思うと、また涙が溢れてきました。ラナはもう、病から解放されたんだ。虹の橋の向こうで、自由に走り回って、キレイな川に飛び込んで、泳いでるんだ。だから、決して悲しむことではない。笑顔で見送ってやろう…と思っていたけど、ダメでしたね。

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 火葬場から登りゆく煙をぼんやりと眺めながら、ラナが天に召されていく様を思い浮かべていました。

 待ち時間の間、落ち着きのない子どもたちのために霊園をぐるっと散策していました。疲労がいよいよピークなのか、頭痛と吐き気でコンディションは最悪です。
 霊園は、予想していたよりすごく大規模でした。飼い主としての愛情はみんな同じなんやねえ。ちなみに、ラブの「まさお君」のお墓もありました。

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 お骨上げを済ませる。すべての骨を、余すことなく拾い上げました。6寸壷がいっぱいになりました。歯は、当初のイメージとは随分違ってました。灰化してひび割れているので、そのまま飾りにして持ち歩くのはダメですね。何か包み込むケースが必要です。

 出るときと比べると随分小さくなってしまったけれど、また家に帰ってきました。これからも、ずっと一緒だよ。
 まもなく、おおさわさんから大きな大きなお花が贈られてきました。「にじますカップを盛り上げてくれて、今までありがとう!」ですって。よかったね、ラナ。

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 今日のこの荼毘に付すイベントは、ひとつの「区切り」でした。
 火葬場からの煙を眺めていた時なのか、この手で骨を拾い集めて骨壷に入れていた時なのか、よく分かりませんが、ラナの姿形が大きく変わってしまったことによって「ラナはもう、いないんだ」という実感を大きくすることになりました。触れられる肉体があったがために、気持ちの上では生きているのか死んでいるのか曖昧な、まぜこぜになっていた認識が、一気に「死」の側に進んだように思います。火葬って、「死者の未練を断ち切り成仏させる」という認識でしたが、むしろ「残された者の悲しみからの解放」の意味合いが強いのかな。あまりにも大きく空いた穴は、とうてい埋められる気がしませんが、これから少しずつ、ラナのいない現実と向き合っていきたいと思います。



ニックネーム ラナ父 at 23:10| Comment(2) | 悲哀の仕事編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする