2014年08月22日

【後日譚】ラナという名前の由来

 ラナlanaの名前を決めるまで、あれこれ候補を挙げてはちょっと違うかな?の繰り返しでしたが、決め手となったのはその語源に「光」の意味があったことでした。これぞゴールデンレトリーバーのイメージにぴったりかなって。

 ちなみに、宇宙船サジタリウスのラナからもらったん? と何度か聞かれましたが、そもそもあれは風体からしてrana=カエルですね。未来少年コナンのラナから? と聞かれたこともありましたが、ちょっと世代が違うせいか観たことがないのでこれも違います。

 何はともあれ、あれこれ考えた末に決めただけあって満足度の高い名前だったんですが、後になってちょっと気になることが出てきました。

 ラナって言葉、ルナlunaに似ているなと。

 ラナの光のイメージは、ゴールデン→黄金の輝き→太陽の光から来ていましたが、ラナがルナ(=月)の派生形だとすると「月の光」となってしまいます。白いゴルならまだよかったんですが、黄色の強いラナさんからは月のイメージ(白銀、闇、狼、神秘的みたいな雰囲気?)が感じられません。これは困った。

 しかしながらその時にはもう、ラナはラナ以外の名前はあり得ないほどに定着してしまっていました。太陽の輝きが実は月のそれだったからといって今さら何が変わるのだろうかと開き直り、そのうち忘れ去ってしまってました。

 それがいま、ラナの記録を読み返していて、ふと思い出したわけです。そういやあの件どうやったんやろ…? 今さら真実を知ったところでしゃあないけど、やっぱり気になります。ちょっとググってみるとWikipediaや赤ちゃんの命名辞典みたいなサイトにたくさん記載が見つかったので、改めてまとめてみることにしました。

 ■ラナ lana
 ヨーロッパ諸国で見られる女性の名前。

 ・スラブ語由来
 svetlanaの短縮形←ギリシャ語の名photine→photos「光」の意

 ・ギリシア語由来
 heleneヘレネの派生形→sun ray(太陽の)輝く光

 ・古ゲルマン語由来
 貴い ←adal由来→alan→alana(女性形)

 ・ゲール語由来
 little rock ←ailin由来。お、お岩さん? このあたりのニュアンスは分からないです。
 器量のよい(美しい)

 ・ケルト語派アイルランド語由来
 leanbh 子ども

 名前ではないと思うけど、lanaという言葉にはほかにこんな意味もありました。

 ハワイ語…静水のように穏やかに漂う
 ラテン語…羊毛
 メキシコ語…お金(スラング)←羊毛が転化
 クルド語…巣、ライオンの家


 「光」だけではなかったんですねー。日本語の名前と違って、いろんな民族や国で使われているためか、意味に多様性があってとても興味深い内容でした。
 そして、気になっていたルナlunaとの関連は、見当たりませんでした。ヘレネの意味がsun rayと明記されてたんで、当初の思惑どおり、太陽の光という認識で良かったんかな…?


ニックネーム ラナ父 at 05:00| Comment(12) | ラナ後日譚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
確か・・・・

エジプト神話の太陽神の名前は「ラー」です。
無学な私には、ギリシャ語やスラブ語との関連性は分かりませんが
東地中海圏ネットワークでこれらの地域で文化交流が太古の時代より盛んに行われていたことや
この地域から派生した文化が古代ローマ帝国を経て現代文明の言語等に影響を及ぼしたことは十分に考えられますから、ていたことを鑑みれば「ラナ」という言葉の源は光り輝く「太陽」ではなかっでしょうか?

本当、ラナちゃんは、太陽の如く係る周りの人々の心を暖かい光で照らし続け、元気を降り注ぐ存在でしたね。

きっと名付け親の愛情が伝わっていたからこそ、ラナちゃんは、その思いや期待に報いたくて実践されたではないでしょうか?


Posted by おおさわ at 2014年08月24日 22:12
おはようございます。
エジプトのようなセムハム語族との関連性までは考えてなかったですが、ギリシャとの歴史的関わりを考えると、なんらかの影響があった可能性はありますよね。

ラナの名前ひとつで、古代ヨーロッパ全域だけでなく、地中海世界まで広がりが出てきました。もともと歴史学専攻でしたし、時空の旅気分の味わえる神話やら伝記の類は大好きなんです。これだけでひとつの論文が書けるかもしれませんね。
ご指摘ありがとうございました。
Posted by ラナ父 at 2014年08月27日 07:56
ラナ父さんの専攻はトルコ史でしたっけ?

今から30年ほど前ですが、今の仕事に就く前、夢破れて挫折感に苛まれてブラブラしていたころ、若気の至りで友達に連れられて、インド→トルコ→シリア→レバノン→アフリカ諸国…を旅しました。
驚いたのは、イスラム諸国では「日本人」ってだけでとにかく尊敬さてれました。理由は「ロシアを撃退し、アメリカ帝国主義に戦いを挑んだ勇敢な民族」ってことらしいです。
ベイルートでは当時内戦状態でしたが、あるイスラム教派の人から「うちの娘を嫁にあげるから、イスラムに改宗してムジャヒディーンとなってジハードに参加してくれ!」っと懇願されたこともありました。

トルコはとにかく海が真っ青できれいでした。アーモンドの花も印象深かったですね。食べ物もおいしかっです。




Posted by おおさわ at 2014年08月27日 22:19
専攻は、中世トルコ史でした。
塩野七生さんの地中海三部作あたりの時代ですね。

トルコには、14年前にひとり卒業旅行で一ヶ月滞在したことがあります。
トルコだからなのか、観光地だからなのか、時代的なものかは分かりませんが、日本語や英語で親しげに近付いてくるのはだいたい観光客相手ぼったくろうとしてるか、ゲイの方でした(笑)。

おおさわさんは地中海行かれたことがあったんですね。
それもイスラム圏…。すばらしい体験されてますね。
Posted by ラナ父 at 2014年08月29日 08:19
そうですか…イスラム社会では昔から少年愛の文化が存在しますかね。
髭を生やしていない日本人などは皆少年と解釈されて、そっち系の人たちが寄ってくると聞いたことがあります。

当時は塩野七生さんの本は読んでいなかったのですが、ホメロスの叙事詩を読んで、どうしてもトロイア遺跡に行ってみたかったので、イスタンブールからマルマラ海をレトロな船でのんびり渡り、イリアスにあるトロイ遺跡を見てきました。したがって、トルコで見てきたのはイスタンブールとトロイだけなんですが、今はどうか知りませんが、30年前はまだそれほど観光地化されていなかったですし、イリアスから少し西に進んで眺めた真っ青なエーゲ海は山国育ちの私には大きなカルチャーショックで、とても素晴らしかったですし地元の人たちも当時は素朴でいい感じのイメージでした。
あの信じられないくらいの美しい青々した海の色はまたいつか訪れて見てみたいものです。
Posted by おおさわ at 2014年08月30日 11:20
おはようございます。
わたしはトロイ遺跡、行かなかったんですよね(なぜ行かなかったのか思い出せません…)。
当時は3月で、山間部のカッパドキアでは雪降ってました。
塩野七生さんの三部作にも出てくるロドス島(ギリシア領)に行くのが目的の一つで、たしかマルマリスという街までやってきたのですが、海も天気も荒れ気味で、まるで冬の日本海のようだった印象が残っています。船便は欠航で、ご縁がなかったものとあきらめました。
だからわたし、1ケ月もいた割にはテレビに出てくるようなエーゲ海の美しさにはついに出会わなかったんですよね。今思うとすごくもったいないことをしました。

Posted by ラナ父 at 2014年09月02日 06:05
カッパドキア行ったんですか?
自分はトラックの荷台に乗ってシリアに向かう途中近くを通ったと思うのですが、旅の都合で立ち寄ることができませんでした。
後になって本を読んで、当時迫害を受けていたキリスト教徒が拠点としていたカッパドキアで現在にも通じるキリスト教哲学の多くが創生され、それに携わった修道士の多くが最期は餓死されたそうなんですが、極限状態の中で自身の信念を貫いて導き出した経緯があるからこそ、それらの思想は現在も世界中で受け入れられ拡大しているのだと思います。
いつの日が、ゆっくり巡ってみたいですね。
Posted by おおさわ at 2014年09月06日 09:00
聖ヨハネ騎士団とスレイマン一世との激闘の地、ロドス島にも行かれる予定だったんですね。
自分は当時知識がなかったのでロドス島のことは眼中になかったのですが、ベイルートに滞在しているとき、マルタ騎士団医療団の人たちがキリスト教派の人々の救急救護をされていましよ。
マルタ騎士団って、一体何の団体なのか良くは分かりませんでしたが、日本に帰ってきて塩野七生さんの本を読んで、彼らマルタ騎士団こそ、ロドス島でスレイマン一世とロードス島で戦った聖ヨハネ騎士団の後裔だったんだと知り感慨深いものがありました。

古代エジプト王国と中近東の派遣を賭けて争ったヒッタイト王国の拠点もトルコですし、本当に日本とは歴史や文化の色濃さが違うんだというのが、イスタンブールの街並みを歩いも無学な自分にも感じることができる魅力的な国です。
Posted by おおさわ at 2014年09月07日 06:52
おはようございます。
カッパドキアでは、原付をレンタルして街中をめぐりました。
トルコは右側通行なんですよね。慣れないので、左折したタイミングでうっかり左側車線に入ってしまい、目の前にクルマが迫ってきてビビった思い出があります。
カイマクルでしたっけ、地下遺跡も行きました。
すごい規模でした。まだ発掘途上みたいですし、他にも発見されてないのが残ってるとか。成立過程も謎(紀元前?)ですし、旅のロマンいっぱいの土地でした。
Posted by ラナ父 at 2014年09月09日 06:00
地続きかつ東西の交差点にあたるという位置的なものもあるかと思いますが、アナトリアでは古代からヒッタイト、アッシリア、ギリシャ、ペルシャ、ローマ、トルコなど、様々な民族の足跡が残ってますから、文化の多様性という面では日本にはない魅力がありますね。
あ〜、なんかまた行きたくなってきました。
Posted by ラナ父 at 2014年09月09日 08:31
ぜひ機会があれば…ではなく
もはや家族を養っている立場ならば「行くぞ!」という強い意志を持たなければなかなか行けれないですよね。
働き盛りには、お金はともかく「時間」は何よりも貴重になりますからね。

いつだったか、ユースホステルで一緒に泊まった人達との会話の中で「世界で最も美しい海」という話題になり、僕がトルコや中近東で見たエーゲ海や地中海の話をしたら、みんな「南の島の海の方が綺麗だと思うんですが…」と言っていたんですが、数年後、当時居合わせたある若者が「おおさわさんの言ったとおりでした! 小笠原やセブ島やニューカレドニアやジャマイカの海も綺麗だったんですが、あんな魂に染み込むような深い真っ青で美しい海初めてみました!」って手紙もらったことあります。

いつか、ラナちゃんの名前のルーツ確認もかねて、ご縁ある国の美しい海を観に行かれてみてください。
Posted by おおさわ at 2014年09月10日 06:33
おはようございます。

エーゲ海の青を実際にこの目で見られなかったのは、返す返す残念です。
カヌーを通じて得た経験則なのですが、石灰岩質の山から流れる川って独特の青みがかった色をしてます。
エーゲ海の周辺って石灰岩質が多いから、あの色が出てるんでしょうかね?

ラナの名前の発祥の地のひとつで、その太陽の光と青い海を眺められたら最高ですね。

Posted by ラナ父 at 2014年09月13日 04:24
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