2014年07月27日

【後日譚】ペットロス関連の本 2

 ラナを迎え入れるにあたって、犬の選び方、飼い方・しつけ方、ゴールデンレトリーバー専門書などいろいろ目を通してきましたが、その後わんこ関連の本については、あまり読む機会がありませんでした。迎え入れる目的が「カヌーで共に川旅をするため」と明確に決まっていて、それが実現されている限りは満足でした。そこで世界が閉じられてしまっていて、他者の関係にそれほど興味を抱くことがなかったということなんでしょうね。興味があったのはカヌー犬くらいでした。また、わんこのことなら何でも知りたいという気持ちに乏しかったとも思います(がん発見が遅れた原因のひとつはここにあると思っているので、今ではとても後悔していますが)。

 それが、60日間の闘病を経てラナを喪ってみて、他の人が自分の犬とどう向き合ってきたか(関係性)、その死をどのように受け止めたかについて、とても興味が湧いてきました。本を読み始めたきっかけはペットロス克服のヒントがほしいというシンプルなものでしたが、飼い主の性格、犬との関わり方や別れ方など「背景」がとても重要なんですね。
 ということで今回は以下3冊読破しました。

■ごとうやすゆき,2006;「ダメ犬グー 11年+108日の物語」幻冬舎
・イラストエッセイ
・日常の描写、犬の個性の描写が多く、感情移入しやすかった。一度死にかけて復活するシーンがありますが、そこの捉え方が同じでした。
 「グーがいなくなっても大丈夫なように、ぼくたちに心の準備をさせてくれたのかもしれないね。
 グー、ありがとう。」

■中野孝次,1990;「ハラスのいた日々」文藝春秋
・エッセイ
・「犬は家族の一員」という認識は今では当たり前かもしれませんが、1970〜80年代ではどうだったんでしょう。「犬であって犬でなかった」「人生の一部であった」。「飼主にとってはその犬以外の犬ではだめだという、ある絶対的な存在になる」。
 あと、犬は老いて始めてから、「人間にとってかけ替えのないもの、生の同伴者といった存在」になるというとおり、老犬になってからのエピソードが多い。

■折原みと,2012;「おひとりさま、犬をかう」講談社
・エッセイ
・全体を通じてこの人、強いなあと思う。
 喪失の悲しみはひとりで抱え込まない。「悲しみは分け合うもの」
 「一番辛いのは後悔すること」「だけど、悔いなく過ごした時間は、幸せな思い出となる」。

 ラナとは、とくに老いの兆しを見せてからは、悔いなきようにたくさんの川を下ろうと思って行動してきました。そろそろ、過去と向き合ってみますかね…。

 といっても、まだまだ読み足りない。今待ち状態のものは以下のとおり。他にもよさげなものがないか物色中です。

■谷口ジロー,2001;「犬を飼う」小学館

■コンラート・ローレンツ,2009;「人イヌにあう」早川書房

■斉藤政喜,2005;「シェルパ斉藤の犬と旅に出よう」新潮社

 ちなみに、本日ようやく川下りしました。行き先は御嶽。ここへ訪れるのはGW中、抗がん剤投入直前にラナと下って以来です。どうしても思い出してしまって、胸がドキドキして苦しかった。でも、子どもたちがめいっぱい楽しんでくれました。また連れて行ってやりたいと思います。

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ニックネーム ラナ父 at 23:02| Comment(4) | 悲哀の仕事編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こういう時は、時間があれば、お子さんたちと一緒に各地に旅に出かけられたらいかがでしょうか?
私自身も悲しみのどん底のころ、あちこち徘徊して、様々な風景を眺め、旅先でたくさんの人々と交流したり、その土地その土地の歴史や文化と触れ合っているうちに、自分自身は広いこの世の中でとても小さな存在で、世の中の人々の多くは自分自身と同様もしくはそれ以上のつらく悲しい思い出や将来の不安を抱え、それでも懸命に生き続けているんだと実感してくるにつれ、だんだん自分自身の悲しみが薄まって、前に向いて生きていこうとする気持ちが湧いてきました。

それでも、好きな人が忘れられなかったので、生前の彼女と話していた時
「自分のような下手くそでも楽しく出場できるカヌー大会があれば・・・・」と愚痴っていた私に
「無ければ、自分で作ればいいじゃん。」
「こんな人口の少ない信州で、カヌーなんかやっている人を探すのも苦労するのに、大会なんか出来るわけない。」という私に
「やってみなくちゃわかんないよ! 大丈夫、君と同じ思いの人たちは全国に大勢いるよ、続けていれば、きっと君の思いはその人たちに届くよ。始めてみようよ!」
・・・・と彼女が言っていたのを思い出し、ニジマスカップを立ち上げるきっかけになりました。
実は、竜門渕公園前川も、たまたまバイクツーリングで立ち寄った彼女が見つけて「君がいつか写真で見せてくれたドイツのオリンピックコースみたいな雰囲気の川があったよ。」と教えてくれたのを思い出し、亡くなった彼女との出会いや自分自身の思いを無駄にしたくないという執念もあり、飽きやすい性格の私には珍しく、なぜか20年間に渡りにじますカップを続けてこれました。

彼女がいなかったら、にじますカップはきっと無かったですし、大会を通じて出会った多くの人たちとのご縁も当然存在していませんでした。

昔だったら、こんなこと、思い出しただけでも頭が凍り付いて、とても書くことなんて出来なかったんですが、「時間薬」ってすごいですよね。

だから、大丈夫ですよ。
Posted by おおさわ at 2014年07月28日 18:21
おおさわさん
こんばんは。
にじますカップにそんな秘話があったなんて…。大会への思い入れには、そういう背景もあったんですね。亡くなられた彼女さんとの思い出そのものなんですね…。聞くことができてよかったです。

私にとっても、にじますカップはラナが9度にわたって出場し、おおさわさんを始め、多くの方々に愛された大会として生涯忘れられないものとなるでしょう。来年の第20回大会では、思い出にひたって橋の上で泣いてたりするかもしれませんが(笑)、お許しください。

あと、ようやく旅したいという気持ちになってきましたので、盆休みは四国など思い出の地を巡ろうと思っています。ちょっと前に比べると、随分気の持ちようが変わってきてます。たぶん大丈夫ですよ。これも時間薬の効果なんですね。いつもご心配いただき本当にありがとうございます。



Posted by ラナ父 at 2014年07月29日 19:17
先日は、せっかくの家族の時間をお邪魔してしまいすみませんでした。太郎次郎いい感じで成長してますね。やけに水が澄んでたんで、次はゴーグル持ってくといいかも。ラナママさんには大変貴重なアドバイスを色々頂きありがとうございました。また、気が向いたら少し怖いとこ誘って下さい。休日出勤気味ではありますが…。
Posted by やまかわ at 2014年07月29日 23:33
やまかわさん
先日は、長々と話に付き合わせてしまい、すみませんでした。
また、子どもたちとも遊んでくださってありがとうございます。
しかし御嶽は水冷たいですね。
あれだけ暑くても、寒がりな私には泳ぐのがつらいです。
泳ぐならやっぱ四国ですね。

またお誘いしますんで、よろしくお願いします。
Posted by ラナ父 at 2014年07月31日 07:24
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