2014年12月31日

【番外編】2014年をふりかえって<前編>〜11年間川旅を共にした相棒ラナを失って〜

 今年の振り返りについては、ここでは「前編」として主にラナに関することを、川下り関連については「後編」としてthe afterに残そうと思います。
 比重的には、前編(ラナ)9割、後編(川)1割ですかね…。

 もくじ
 ■ ラナという存在
 ■ 別離の状況
 ■ 失ってからのこと
 ■ これからのこと
 ■ 川下り集計編(後編)

 では、さっそく。

 ラナのことを思い起こす時、探るようにそろそろと踏み出すような感じでした。受け止めきれずに、また慟哭の波に攫われてしまうんじゃないかと怖くなり、つい歩みを止めてしまうんです。しかし、目を背け続けて知らずうちに忘れ去ってしまうのはあまりに悲しい。2014年もいよいよ暮れを迎えたタイミングで、思い切って一歩踏み出してみようと思い立ちました。半年が経った今ならもう大丈夫と思って決意したんですが、だんだんと陰が濃くなってくる、辛い作業でした…。

 仕事のストレスも相俟って気持ちの浮き沈みが激しくなり、精神的ゆとりが失われ、8割ほど書き出したところで投げ出してしまいました。
気持ちが上向いてきた4月になって再び向き合い、ここにきてようやく陽の目を見ることになった次第です。


 今年はラナが血管肉腫を発病し、60日間に及ぶ闘病の末、永眠しました。11歳でしたから、ゴールデンレトリーバーの平均寿命の枠内に入るかと思います。が、ラナを喪ったことで、生まれてこの方経験したことのない深いダメージを負いました。これまでは、自分自身をちょっと冷めた人間と思っておったんですが、全然違いましたね。
 ラナの死を目の前にして狼狽し、慟哭し、未だズルズル引きずっている、むしろウェットな人間だったんではないかということがよく分かりました。

 ■ ラナという存在

 ラナは、なんというか、単なる愛玩の対象としての「ペット」ではありませんでした。初めて迎える「わが子」として十年余の歳月を共に過ごし、毎日の散歩のお伴でもあったけれど、最も大きな割合を占めていたのは、川下りにおいて幾多の苦楽を共にした「相棒」としての存在だったと思います。

 社会人になってからこれまでのカヌーライフはラナと共にあったと言ってもいいでしょう。約600日、通算143本の河川を共に漕ぎ下りました。これって計算してみると、週に1日以上は一緒に水面に浮かんでいたことになります。

 もはや当たり前となっていて全然意識してなかったんですが、いつしか私の川下りにはラナの存在が欠かせないものになっていたようです。ここ数年はソロで漕ぐ機会が多かったですが、寂しいと感じることはありませんでした。それは、ソロといいつつ背中にはいつもラナがいたからだったと、失ってから気が付きました。

 ライフジャケット越しに伝わってきた背中の圧力を、今はもう感じられない。そう思い知る時が一番、心に広がった暗く深い穴の存在を感じると同時に、自分にとっていかに大きな存在を占めていたかを窺い知ることができました。

 一人旅の孤独を分かち合う「相棒」として、自分でも気がつかぬうちに依存を深めていたのかもしれません。

 ■ 別離の状況

 ゴールデンレトリーバーの寿命はたったの10年程度。そんなことは飼い始める前から分かっていたし、だからこそ悔いを残すことのないようできるだけたくさんの思い出をと、共に漕いできたつもりでした。しかし、死が現実のものとして差し迫って来た時、どうしても受け入れることができませんでした。ラナ共々心身を削り、万策尽きるまでギリギリまで抗った末、ようやく受け入れたという感じです。

 そいつはまさに青天の霹靂でした。

 「血管肉腫」。

 発病後1年以内の死亡率90%超という不治の病です。とくにゴールデンレトリーバーは、この病気にかかりやすい。

 そんな病気があるって、全然知りませんでした。もし知っていたら、もしかしたら検診のタイミング次第では運良く早期発見できて未然に防げたのかもしれない。

 食欲不振、貧血、虚脱…。後になって考えれば、いくつか小さなサインはありました。いち早く気付いて、早期に手を打っていたら、もう少しくらいは長生きできたのかもしれない。
 自分の無知蒙昧ぶりを呪いました。

 そして、僅かでも生存の可能性があるのならば、と闘病の道を選びました。でも…、今でも思うのです。この選択は正しかったのかと。

 突然の虚脱に陥った4月12日、本当はあれが別れの刻だったのではなかったのかと思うのです。覚悟なんて全然できませんでした。このまま別れるのはどうしても耐えられなかった。自分でも意外なほど涙腺緩みっばなしの姿に、ラナもしょうがねえなあという感じで、文字通り血を吐きながらも戻ってきてくれたのではないかと思っています。

 その後、6月10日まで60日間、一緒にいることができました。
 状況は絶望的。永遠の別離が刻一刻と迫る中、徐々に覚悟を養うための時間として、私には必要な60日間でした。
 絶望の淵にありながらも、希望は捨てませんでした。奇跡を起こすために、積極的に動きました。万策尽きるまで抗い続けました。脾臓摘出手術、抗がん剤治療、さまざまな試みを施しました。ドッグフード食べなくなったので、がんによく効くという手作り料理も作りました。ほんの短い間ではありましたが、ずいぶんと元気を取り戻してくれた時期もあって、たったの2回だけではありましたが、一緒に川を下ることもできました。
 最期が近いことを悟ってからは、かつてない濃密な時間を過ごすことができました。そして、最期を看取ることもできました。

 しかし、ラナにとってこの時間ははたして必要だったのか?
 一週間点滴漬けで死線を彷徨い、全身麻酔で臓器を切られ、血液検査のために何度も採血され、輸血や、2度の抗がん剤も経験しました。  きっと、苦しかったでしょう。
 最後に血液検査した時のヘマトクリット値は、11でした。身体中の血が失われ、動けなくなるギリギリまで生きてくれた。最期の日も、私が帰宅するまで律儀にも待っていてくれた。
 60日前、あのまま静かに逝っていたならば、こんな思いをしなくても済んだのではないか。

 闘病の道の先に見るものは、もちろん元通りの生活でした。
 なぜ、闘う道を選んだのか?
 たとえ荊の道であれ、こんな理不尽な病なんかに負けてたまるかという気持ち。悔恨の念に駆られたくないからという気持ち。別れることに耐えられないから、少しでも先延ばしにしたいという気持ち。
 さまざまに入り混じりながらも、とにかく、死を受け入れるのがたまらなく怖かった。だから、希望を抱き続けることで、死の恐怖から逃れようとした。実際あの時、奇跡を信じる一縷の希望こそが、心の支えでした。希望の灯火を絶やさないためには、戦い続けるしか道はありませんでした。

 でもよくよく考えてみると、それって自分のエゴに過ぎなかったのではないか? ラナにとっては、苦痛の時間をいたずらに長引かせてしまっただけだったのではないのか?

 荼毘に付すことで、一応の区切りは付きましたが、ラナに対する後ろめたい気持ちは心の奥底で渦巻いたまま、消えることはありませんでした。このモヤモヤは何だろう? ずっとずっと気になりつつも、うまく言葉にできなかったのですが、今になって思うと、この自分本位な思考に対する罪悪感なんやろなと理解しています。自分を守るために取った行動が、一番自分を傷つけてしまったという、何ともまあ皮肉な話でした。


 喪った時の傷の深さは、故人(犬)への依存の深さ、心に占める割合に比例するように思います。また、別離の状況も影響が大きい。そこに「後悔」があると、いつまでも傷が疼いてなかなか塞がってくれない。

 なんというか、心が、ぐちゃぐちゃに砕けてしまったような感じでした。燃え尽きた灰のようなというか、無気力状態に陥ってしまい、10余年尽きることなく熱中していた川下りにさえも価値を感じられなくなってしまいました。

 ■ 失ってからのこと

 ラナの世話と情報収集に費していた日々は、アルコールとゲームに浸る日々に置き換わりました。完全なる現実逃避ですね。しかし、今になって考えると、心がスイッチを完全オフにして休みたかったんじゃないかと思います。再生のために、これはこれで必要な時間だったのではないかと。しかしながら、家族をはじめ多くの人に心配かけさせてしまいました。改めて謝意を、支えてくれた方々には感謝の意を表したいです。

 変化は、1ヶ月を過ぎた頃から感じるようになりました。混沌と渦巻いたままの気持ちを何とかしなければ、という感情が芽生えてきました。同じような喪失の体験をした人は、どうやって乗り越えられたんだろうかという興味から、ペットロス関連の書籍を読むようになりました。逃避の方向が変わっただけかもとも思いましたが、文字を読むことさえ億劫だった頃に比べれば大きな進歩でしょう。ベクトルがプラスに転じたのは、おそらくこの頃ではないかと思います。

 季節は移ろい、夏は盛りを迎えていました。気持ちの整理が少しずつ進んできたのか、読書の意欲がさらに高まり、興味の方向は、「どうやって喪失の哀しみを乗り越えたか」から、「犬と、どのような関係を築きあげてきたのか」に変化していきました。
 四十九日(7月28日)も過ぎた頃、ようやく、ラナとの思い出と向き合おうという気になってきました。

 初盆では、台風の影響で増水した土佐嶺北の川を下りました。渓流で漕ぎ、魚を掴み取りする。私の川下りの原点といえる体験でした。
 相棒を失くした川は、どこか虚しさが漂い、心から楽しいと感じられない。しかし、嶺北の川は、これ以上ないほどに癒してくれました。渓を覗き込んだ時の、あの何とも言えないドキドキ感。川が好きだという気持ちは死んでいなかったことを気付かせてくれました。

 9月末には、静岡の川を一人旅しました。思えばこれまで、ラナとの残された時間を思い、新しい川の開拓を最優先で漕いでいましたが、もう突っ走る必要はなくなったんですよね。過去に漕いだ川を、当時の思い出を振り返りながら巡るのもいいかなと思うようになりました。

 そして10月以降は、道志川、桂川上流区間、吾妻川も漕ぐことができました。ブランクも長かったし、なにより気持ちが弱っていて、こういうキツいめのホワイトウォーターを漕ぐ機会はもう未来永劫来ないかなあと思っていたんですがね。一抹の寂しさを抱えつつも、かつての自分を取り戻しつつあると実感しています。

 ■ これからのこと

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 ラナの夢を、時々見ます。
 亡くしてしばらくは、目覚めると胸が締め付けられるような切ない思いばかりが残りました。どこかで醒めていて、これは夢の中というのが分かっているから、消えないで、と叫んでばかりいました。
 最近は、割と穏やかな気持ちで迎えられるようになりました。ああ、おかえりって感じで。こないだなんか、駆け寄ってきて、顔をベロベロ舐めまわされました。目が醒めても、じんわりと、温かな気持ちで満たされることも増えました。ようやくラナのいない生活にも馴染んできたのかなと思うこともあります。仕事がキツくなって気持ちに余裕がなくなってくると、まだまだダメですが…。

 二代目を迎える夢を見たこともありました。ゴールデンの仔犬が、家中を駆け回る中、微笑ましく見守っているシーン。でもその仔犬は、ラナなんです。単に11年前に回帰しているだけなのかもしれませんね。
 二代目は、欲しいです。冒頭にもありましたが、600日も共に過ごすと、犬のいないカヌーライフなどもはや考えられない。
 犬種はまたゴールデンレトリーバーがいいですかね。血管肉腫に辛い思いをさせられましたが、それでもやっぱりもう一度共に川旅をする相棒がほしい。できればすぐ、それこそ明日にでも迎えにいきたい。

 でも、川太郎が実は犬アレルギーだったんですよね。昔から喘息持ちで、緊急入院したこともあったほどなんですが、ラナがいなくなってからは一度も発症せず…。現在水泳教室に通っているので、心肺鍛えてなんとか克服してくれっと願っています。

 これを機に、カヤッカーに転向しようかなとちょこっと考えたこともありました。これまで下れなかった川を漕げるようになるかもしれないし、世界観が変わるかもしれない。でも、やめました。
 20年近くダッキーに乗ってきて、いまさらってのもあるし、ラナとはいつまでも一緒に下っているつもりでいたいし、いつか生まれ変わりと巡り会った時にすぐダッキーに乗せられるようにしたいから。

 ラナは、とにかく大きな大きな存在でした。
 これまでにも死別はいくつか体験してきましたが、ここまで気持ちが動くことはありませんでした。おそらく、今までの出来事は、どこか他人事にできて、うまく受け流せていたからじゃないかと思ってます。今回のは、直撃でした。それも剛速球。ラナは、私の日常に、人生に、あまりに深く刺さり過ぎていました。そもそも避けれるとは思っていなかったけど、正面から受け止めなければならないと思いました。こんなにも自分の心と向き合ったのは初めてかもしれません。負った傷は深く大きいですが、おかげでまた一つ、新しい自分になれたかもと思っています。


 今回の振り返りを通じて、気持ちが鬱いでしまって全然あきませんわと思う時もありました。真正面から向かい合うには、まだ気持ちの整理が足りないかなあと感じていますが、少しずつ、前に向かって歩けている感はあります。かなり時間はかかりましたが、こうして現在の思うところを記録として残すこともできました。

 元来、犬→まあまあ好き、カヌー→そこそこ好きってレベルでした。両者が融合することで、まさかこんなにハマることになるとは想像していませんでした。こういうと大げさですが、人生変わりましたです。それほど大きな巡りあわせだったのではないかと思っています。

 ラナ、数えきれないほどたくさんの、そして珠玉の思い出を、本当に本当にありがとう。共に過ごした11年間余の日々は、この上なく充実したものでした。できることなら来世でまた巡り会って、一緒に川下りしたいなあ。その時が来たなら、また相棒としてよろしくお願いしますね。今度は、通算200本を目指そう!


ニックネーム ラナ父 at 17:44| Comment(4) | 番外編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月19日

【後日譚】ラナ、12歳の誕生日

 本日、11月19日はラナの12歳の誕生日でした。

 一緒に迎えることは、できませんでした。

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 先日、ラナの夢を見ました。夢を覚えていること自体珍しいので、会うのはすごく久しぶりな気がします。しかし場面は、ちょうど死に別れる瞬間でした。場所はぼんやりしてましたが、屋外っぽくて、どんなシチュエーションだったか、残念ながら思い出せません。

 ところで最近、時期的にプロ野球のトライアウトの話題を耳にすることが多くなりました。
 戦力外となり、心ならずも第二の人生を考えなくてはならなくなった選手たちに、どことなく、自分自身の姿を重ねていました。

 終わりは、いつかは訪れるもの。
 ラナと過ごした11年と5ヶ月は、満たされた、幸せな日々でした。
 血管肉腫という不治の病に倒れてからも、少しでも長く共にありたいと一縷の望みを抱いて手を尽くしてきたけど、どうにもできませんでした。後悔の念が消えることはありません。おそらくこれからもずっと。今でも思い出すたびに心乱れてしまいますが、後悔しても過ぎ去った日々はもう変えられない、と気持ちをコントロールできるようになってきました。

 そして、これまでのようにぶらりと旅をしたり、道志川みたく未知の川を探検したり、桂川のようなきっつい川にも挑戦したいと思えるようになってきました。徐々にではありますが、心が回復傾向にあるのを具体的な形で感じるようになりました。

 だから今日は、わりと心静かに祈ることができたと思います。

 「ラナ、いつも見守ってくれてありがとうね」

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 ちなみに、今月はラナの誕生月ということもあって、年表作りをはじめとしたラナ関連の資料整理に力を入れていました。しかしながら量があまりにも膨大すぎて、依然どこから手を付けてよいかわからない段階ですが、写真だけはある程度整理できたので、早速活用したいとホームページのトップだけ、7年ぶり?にリニューアルしました。
 肝心なのは中身なんですが、レイアウトやらスライドショーやらで時間を費してしまい、時間切れ…。




ニックネーム ラナ父 at 21:32| Comment(4) | ラナ後日譚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月25日

【後日譚】ラナが幼年期を過ごした場所

 今週末はお仕事で京都出張でした。時期がだいたい決まっていて、今年で3年目です。

 2012年…村野小・中学校(廃校)、天野川
 2013年…京都代ゼミ(けっきょくここも無くなるのかな?)

 こんな感じで、空いた時間に「ふるさと」の地を訪れていましたが、今年も行ってきました。といっても、今回は自身のというより、ラナの生きてきた地を巡ろうと決めていました。

 JR学研都市線長尾駅。
 ラナを迎えた時(2003年1月)、住んでいた場所です。翌年の5月にまた引っ越しましたから、1歳半くらいまでの幼年期を過ごした場所ですね。

 着いてみて、ここどこ?ってなくらいびっくりするほど変わってました。駅周りが異様にキレイに整備されてます。

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 駅からてくてくと歩いていく。起伏が多くて、今住んでる川崎とちょっと面影が重なります。
 道中、大阪国際大学があります。ラフト強かったなあ。

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 ここらは第二京阪ができて以来、ずいぶんと様変わりました。残っていた緑が切り拓かれ、新興住宅地に変わっていました。

 むかしラナとよく走り回った散歩道へ。当時はホタルいましたが、今も残ってるのかな?

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 初めての散歩のときの写真を発見。カヌーの写真はそこそこ残ってますが、散歩とか、日常生活ではほとんど撮ってませんでした。

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 行きとは別ルートで再び長尾駅へ。このあたりの風景はむかしと変わってません。餃子の王将ができてたけど。なんだかちょっとほっとしました。

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ニックネーム ラナ父 at 05:30| Comment(2) | ラナ後日譚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月06日

【番外編】川下り編を移行します

 9月の月末、久しぶりに泊まりで遠征しました。静岡の川を4本と、御嶽1本。確かに背中は寂しい。しかし、かつてと変わらない充実感、幸福感がありました。

 ラナが病に倒れた4月以降、4ヶ月ほど休眠状態でしたが、8月以降はほぼ以前のペースに戻って漕いでいます。川へのモチベーションは、徐々にではありますが、確実に復調傾向にあって、半年前の半分くらいには戻ったかなという印象です。今月は出動がまたがくんと減る予定ですが、これは週末に何かとイベントが集中しているせいで、ヒマさえ見つければ下りたい気持ちはもう変わらないだろうかと思います。
 また、川くだり&下見ログもやっぱり残しといたほうがいいかなと思うようになったし、子どもたちの成長&イベントも書き残しておきたいとも考えるようになりました。

 そこで、ブログを増設することにしました。

 わんことカヌー The After

 11年も続けていると、完全に習慣化されてしまったというか、記録しとかないと落ち着かないんですよね。結局、今までどおりに続けていこうかなと思い至っています。

 この2014年レポートの「追悼川下り編」カテゴリで書いた川下り関連記事は新ブログに移行しました。このブログは、テーマをラナに関連するものに限定して、継続していこうかと思っています。


ニックネーム ラナ父 at 05:59| Comment(2) | 番外編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月17日

【後日譚】百か日

 本日でラナの百か日を迎えました。

 しばらく何もやる気になれず、2ヶ月ほど休眠していましたが、8月以降は実はほぼ毎週末漕いでます。まあ、そのほとんどがファミリーカヤックなんですが。

 そこでいくつか気が付きました。

 私、やっぱり川が好きですわ。そして、初めて下る川に出会った時のドキドキ感。この気持ちは変わってませんでした。ホワイトウォーターを漕いで、瞬間的に気持ちが昂ぶることもありました。

 でも、どこか虚しさが残ってしまっていて、心から笑えない。喪失感が埋まることもない。

 百か日とは、「卒哭忌」とも呼ばれるそうです。すなわち、悲しむのを終える日という意味合いですね。
 たしかに時間薬という言葉もあります。とはいえ、たったの100日で終われるわけないやろという気持ちが強い。むしろこの先もずっと、胸に空いた穴は埋まらない気がします。でも最近は、それでもいいかなと思うようになってきました。無理に穴を埋めようと考えず、受け入れていこうかなと。まだ若干アルコールに依存気味ですが、なんとかなるでしょう、きっと。


 ところで、(以前higさんにいただいたコメントにあった)コンラート・ローレンツ 小原秀雄訳,2009;「人イヌにあう」早川書房 を読みました。
 ※原作は1955年出版とかなり古い本です。

 最終節の9ページ「忠節と死」は、たぶんラナが生きてる時は、さらっと流し読みして終わってたでしょうね。失ってはじめて迫りくるものがあります。何度か読み返しました。

 喜びの代償には、必ず悲しみがある。
 犬の死は、多くの苦しみをもたらすが、犬の場合は代わりがいる。
 犬も個性豊かではあるが「その魂の深みにおいて、人間との特別のつながりを支える深い本能的感情において、イヌはおたがいに非常によく似ている」。
 寿命という制約上、人は「一匹のイヌにたいして忠実でいることはできない。しかし、その品種にたいして誠実でいることはできる」。
 表情やしぐさなど性格の特性は、人間に比べて子孫にはっきりと受け継がれる。

 ラナには残念ながら子どもがいなかったけど、生粋のゴールデンレトリーバーでした。ゴールデンの中に、いつかどこかでラナの片鱗を見ることができたらいいなと思っています。


ニックネーム ラナ父 at 21:55| Comment(6) | 悲哀の仕事編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月22日

【後日譚】ラナという名前の由来

 ラナlanaの名前を決めるまで、あれこれ候補を挙げてはちょっと違うかな?の繰り返しでしたが、決め手となったのはその語源に「光」の意味があったことでした。これぞゴールデンレトリーバーのイメージにぴったりかなって。

 ちなみに、宇宙船サジタリウスのラナからもらったん? と何度か聞かれましたが、そもそもあれは風体からしてrana=カエルですね。未来少年コナンのラナから? と聞かれたこともありましたが、ちょっと世代が違うせいか観たことがないのでこれも違います。

 何はともあれ、あれこれ考えた末に決めただけあって満足度の高い名前だったんですが、後になってちょっと気になることが出てきました。

 ラナって言葉、ルナlunaに似ているなと。

 ラナの光のイメージは、ゴールデン→黄金の輝き→太陽の光から来ていましたが、ラナがルナ(=月)の派生形だとすると「月の光」となってしまいます。白いゴルならまだよかったんですが、黄色の強いラナさんからは月のイメージ(白銀、闇、狼、神秘的みたいな雰囲気?)が感じられません。これは困った。

 しかしながらその時にはもう、ラナはラナ以外の名前はあり得ないほどに定着してしまっていました。太陽の輝きが実は月のそれだったからといって今さら何が変わるのだろうかと開き直り、そのうち忘れ去ってしまってました。

 それがいま、ラナの記録を読み返していて、ふと思い出したわけです。そういやあの件どうやったんやろ…? 今さら真実を知ったところでしゃあないけど、やっぱり気になります。ちょっとググってみるとWikipediaや赤ちゃんの命名辞典みたいなサイトにたくさん記載が見つかったので、改めてまとめてみることにしました。

 ■ラナ lana
 ヨーロッパ諸国で見られる女性の名前。

 ・スラブ語由来
 svetlanaの短縮形←ギリシャ語の名photine→photos「光」の意

 ・ギリシア語由来
 heleneヘレネの派生形→sun ray(太陽の)輝く光

 ・古ゲルマン語由来
 貴い ←adal由来→alan→alana(女性形)

 ・ゲール語由来
 little rock ←ailin由来。お、お岩さん? このあたりのニュアンスは分からないです。
 器量のよい(美しい)

 ・ケルト語派アイルランド語由来
 leanbh 子ども

 名前ではないと思うけど、lanaという言葉にはほかにこんな意味もありました。

 ハワイ語…静水のように穏やかに漂う
 ラテン語…羊毛
 メキシコ語…お金(スラング)←羊毛が転化
 クルド語…巣、ライオンの家


 「光」だけではなかったんですねー。日本語の名前と違って、いろんな民族や国で使われているためか、意味に多様性があってとても興味深い内容でした。
 そして、気になっていたルナlunaとの関連は、見当たりませんでした。ヘレネの意味がsun rayと明記されてたんで、当初の思惑どおり、太陽の光という認識で良かったんかな…?


ニックネーム ラナ父 at 05:00| Comment(12) | ラナ後日譚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月08日

【後日譚】ペットロス関連の本 3

 いままさに日本列島を縦断せんとする台風11号。お盆休み期間中に列島を縦断した本格的な台風としては、2003年の台風10号以来だそうです。
 それを聞いてふと、懐かしい思いにかられました。当時は、ラナがウチに来て初めての夏休みでした。大増水の四国入りを若干順延し、岡山で2日ほど滞在しました。これからラナを喪って初めての夏休みを迎えます。11年前と同様に四国に入り、思い出の地を廻ろうかと考えていますが、どうなることでしょう。

 さて、ペットロス関連の本第3弾です。今回は、今までと違って喪失の哀しみではなく、どのように共に生きてきたかがテーマの中心になってますね。振り返ってみるまで自分でも気が付いてませんでした。

■谷口ジロー,2001;「犬を飼う」小学館
・マンガ
・老犬タムが亡くなるまでの8ヶ月間が描かれている。看取るシーンがクライマックス。マンガならではのリアルな描写に胸を打たれました。

 「生きるという事、
  死ぬという事、

  人の死も犬の死も
  同じだった。」

■影山直美,2014;「柴犬ゴンの病気やっつけ日記」ベストセラーズ
・イラストエッセイ
・7ヶ月に及ぶがん(扁平上皮がん)闘病記。闘病にテーマを絞った作品を読むのは初めてかな。セカンドオピニオンを取って放射線治療した後のかかりつけの獣医さんとの気まずい雰囲気(がんと診断できなかった)のシーンがでてきますが、その気持ちすごく分かります。

■斉藤政喜,2005;「シェルパ斉藤の犬と旅に出よう」新潮社
・エッセイ
・シェルパ斉藤さんの本を読むのは実は初めてです。水と陸と活動場所に違いはあれど、わんこを旅の相棒とする基本概念は同じですね。ニホとの別離のシーンは多くを語らないシンプルな描写でしたが、逆に胸に迫るものがありました。

「…ぼくは犬たちと旅に出たくなった。ニホと出かけるはずだった、あの長い散歩の続きをしよう。…」

 私も…。でも、いまは、おひとりさま。しかし、いつかまたわんこと旅がしたいな。そういやかつて雑誌の取材費がわりに「シェルパ斉藤のコーヒー」をいただきましたが、あれはどこにやったんだろうか。

■野田知佑,2010;「カヌー犬・ガク」ポプラ社
・エッセイ
・昔後輩に貸し出したまま返ってこず長らく読んでなかったので、これを機に新品を買い直しました。何度読み返してもやっぱりガクはかっこいい。かつてこれぞ犬と人の理想的な関係と思っていましたが、その思いは変わっていなかったと改めて認識しました。ガクとの思い出話が中心で、死直後の喪失感については多少触れられていますが、その後の心境の変遷については語られていません。すごく読んでみたいけど、その機会は訪れるんだろうか。


 さて、年表作りをようやく本腰入れて始めました。こつこつ書き溜めた川下りレポートを一から読み返してます。たぶんワードファイルにしたら2,000ページ以上はありそう…? 「ちりつも」の力ですね。そんな膨大な資料の中からラナに関連する内容をピックアップしてます。思っていたよりはるかに長期に渡る作業になりそう…。

 2003年から始まって、現在、2007年分を読み込み中。辛くなるかな…と覚悟していましたが、昔のことすぎるからか、自分でも不思議なくらいに安らかな気持ちで向き合えています。テーマが川下りレポートなのでしょうがないとはいえ、ラナ主体の記事が多くないのが残念。もう少し掘り下げて書き残しておけばよかったな。

 この年表作りが終わったら、ラナの生涯について改めてまとめ直してみようと思っています。この作業が一応の完結をみた時、悲哀の仕事も終わるのかな、と感じています。


ニックネーム ラナ父 at 06:24| Comment(4) | 悲哀の仕事編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月28日

【後日譚】四十九日〜過去と向き合う〜

 今日で四十九日(忌明け)を迎えました。
 ラナは天国に渡り、私の気持ちもすっきりしたかといえば全然そんなことはなく、漆黒の闇のような胸の穴が埋まるには、まだまだ時間が必要みたいです。

 一つ感じるのが、「まだ哀しみ足りないのではないか」という点。
 看取った直後は、慟哭という表現がふさわしい泣きっぷりでした。夜が明けても、人目も気にせず涙していました。

 分岐点は、荼毘に付した後。
 気が付けば無気力になってしまい、過去に向き合あおうという意欲が失われていました。この状態は、60日の闘病生活にかなりの時間・労力・コスト・情熱を注いだ結果、燃え尽きて灰になったためなのか、無意識下でこれ以上の哀しみは受け止めきれないという自己防衛本能が働いたためなのか、分かりません。
 以降、涙を流すことはなくなりましたが、今思えば、胸の奥深くに哀しみの核がまだ残っていて、理性の箱に押し込めて蓋をしただけだったような気がします。箱の中で渦巻く哀しみの感情は、寝入った際に蓋から漏れ出て、夢を見てうなされるという形で現れていたように思います。

 いつまでも逃避してばかりの自分に嫌気がさしつつも、どうしようもなかった時、ふと現在の自分の状況を客観視してみたいと思うようになりました。今までやりたいことなどひとつもなかったんですから、これはひとつのターニングポイントだったように思います。

 久しぶりにネットサーフィンして、ペットロスと呼ばれる言葉の意味や悲嘆のプロセスについて知りましたが、さらに書籍からも知識を取り入れたいと、いくつか本を買って読み始めました。
 何冊か読んでいるうちに、ふと腑に落ちるものがありました。死別の哀しみを乗り越えるには、犬の存在を自分の中でどう位置付け、どのように関わり合い、その死をどう捉えたかを理解するのがヒントになるようです。

 結局それは、ずっと逃げてきた過去と向き合うことでした。
 ラナと共に過ごした時間を振り返ってみて、幸せだったことや後悔していることなど当時の思いを改めて認識すれば、おのずと残っていた哀しみを受け止めることになるんじゃないでしょうか。

 ラナとの11年半の思い出…といっても、漠然として、なんだか記憶が霞がかったようで今ひとつ鮮明に思い出せない。闘病の頃はすごくリアルに思い出せるんですが、それ以前の日々についてはなんだか遥か昔の出来事のような感覚がします。共に川下りした記録は膨大にありますので、この記録を繙きながら記憶を呼び起こしてみようかと思いました。

 川下りの記録は約10年半分あります。まずはおおざっぱな流れを捉えるために、年表を作ろうかなと考えています。またどの川を何日間下ったかという統計データも作ってみようと思いましたが、これはピボットテーブルでわりとすぐ集計できました。
 
 ラナ出撃日数合計 597日 →大会やケガなどで一緒に下ってない日も多い。
 ラナ年間平均日数 49.8日
 ラナ 漕破 総数 143本

 ※ダウンリバーした日のみを抽出。川遊びのみは除く。

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ニックネーム ラナ父 at 23:39| Comment(2) | 悲哀の仕事編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月27日

【後日譚】ペットロス関連の本 2

 ラナを迎え入れるにあたって、犬の選び方、飼い方・しつけ方、ゴールデンレトリーバー専門書などいろいろ目を通してきましたが、その後わんこ関連の本については、あまり読む機会がありませんでした。迎え入れる目的が「カヌーで共に川旅をするため」と明確に決まっていて、それが実現されている限りは満足でした。そこで世界が閉じられてしまっていて、他者の関係にそれほど興味を抱くことがなかったということなんでしょうね。興味があったのはカヌー犬くらいでした。また、わんこのことなら何でも知りたいという気持ちに乏しかったとも思います(がん発見が遅れた原因のひとつはここにあると思っているので、今ではとても後悔していますが)。

 それが、60日間の闘病を経てラナを喪ってみて、他の人が自分の犬とどう向き合ってきたか(関係性)、その死をどのように受け止めたかについて、とても興味が湧いてきました。本を読み始めたきっかけはペットロス克服のヒントがほしいというシンプルなものでしたが、飼い主の性格、犬との関わり方や別れ方など「背景」がとても重要なんですね。
 ということで今回は以下3冊読破しました。

■ごとうやすゆき,2006;「ダメ犬グー 11年+108日の物語」幻冬舎
・イラストエッセイ
・日常の描写、犬の個性の描写が多く、感情移入しやすかった。一度死にかけて復活するシーンがありますが、そこの捉え方が同じでした。
 「グーがいなくなっても大丈夫なように、ぼくたちに心の準備をさせてくれたのかもしれないね。
 グー、ありがとう。」

■中野孝次,1990;「ハラスのいた日々」文藝春秋
・エッセイ
・「犬は家族の一員」という認識は今では当たり前かもしれませんが、1970〜80年代ではどうだったんでしょう。「犬であって犬でなかった」「人生の一部であった」。「飼主にとってはその犬以外の犬ではだめだという、ある絶対的な存在になる」。
 あと、犬は老いて始めてから、「人間にとってかけ替えのないもの、生の同伴者といった存在」になるというとおり、老犬になってからのエピソードが多い。

■折原みと,2012;「おひとりさま、犬をかう」講談社
・エッセイ
・全体を通じてこの人、強いなあと思う。
 喪失の悲しみはひとりで抱え込まない。「悲しみは分け合うもの」
 「一番辛いのは後悔すること」「だけど、悔いなく過ごした時間は、幸せな思い出となる」。

 ラナとは、とくに老いの兆しを見せてからは、悔いなきようにたくさんの川を下ろうと思って行動してきました。そろそろ、過去と向き合ってみますかね…。

 といっても、まだまだ読み足りない。今待ち状態のものは以下のとおり。他にもよさげなものがないか物色中です。

■谷口ジロー,2001;「犬を飼う」小学館

■コンラート・ローレンツ,2009;「人イヌにあう」早川書房

■斉藤政喜,2005;「シェルパ斉藤の犬と旅に出よう」新潮社

 ちなみに、本日ようやく川下りしました。行き先は御嶽。ここへ訪れるのはGW中、抗がん剤投入直前にラナと下って以来です。どうしても思い出してしまって、胸がドキドキして苦しかった。でも、子どもたちがめいっぱい楽しんでくれました。また連れて行ってやりたいと思います。

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ニックネーム ラナ父 at 23:02| Comment(4) | 悲哀の仕事編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月22日

【後日譚】ペットロス関連の本 1

 三連休、妻子は里帰り。私はといえば、気遣ってもらって独り静かに自宅で過ごしました。うち二日間は酒とゲームに浸りきりという今までと変わらない過ごし方でしたが、最終日は久しぶりに本を読みました。

 読書は、私にとってかなり消耗の激しい作業でして、ある程度心身状態に余裕がないとやれません。そういう意味では、何か読んでみようかなという意欲が出てきたのは、よい兆しなんではないかと思います。とはいえ、本来好きなミステリを読もうという気はまったく起こらず、対象はペットロス、愛犬との死別の哀しみ Bereavement について書かれた本です。先週あたりからいくつか書店を回ってみてたんですが、そんなコーナーはやっぱりというか、ありません。こういう時はAmazonが便利ですね。お手軽に探せます。気力の閾値が著しく低下している今の私には非常にありがたい。あまり深く考えず、お値段とタイトルと表紙のみで適当に何冊か選びました。

■松田朋子,2011;「さよならの合図 ペットロスから再び笑顔を取り戻すまでの90日間」メディアファクトリー
・読みやすそうだったので購入。
・エッセイ(マンガ)
・お別れの仕方がウチのラナとけっこう共通。とくに「散歩に行こうよ」のあたり。マンガだけあって、あっという間に読了。リハビリにはちょうどよかった。

■穴澤賢,2010;「またね、富士丸。」世界文化社
・表紙が大型犬だったので購入。
・エッセイ
・今の私と近しい年齢時に亡くしていることからも、感情移入しやすかった。「結局、時の流れに身を任せるしかない」という言葉が心に残った。

■カタリナ房子,2002;「ペットロスから立ち直るとき 愛犬レイアがくれた無償の愛」ハート出版
・表紙がゴルだったので購入。
・エッセイ
・死因があまりに理不尽で、私なら復讐するかも。いつまでも泣きたくなったら泣けばいい。それだけ愛せた証だから、という言葉はありがたかった。

■鷲巣月美編,1998;「ペットの死、その時あなたは」三省堂
・「ペットががんになった時」と同じ作者だったので購入
・実用本
・考え方を体系立てて整理するのに役立つ。印象に残ったのは「死は敗北でない」という一文。よい死を迎えさせることも飼い主の責任という考え方にはっとさせられた。


 ちなみに以下は注文済みで待ちのもの。他にもよさげなものがないか物色中です。

■中野孝次,1990;「ハラスのいた日々」文藝春秋

■折原みと,2012;「おひとりさま、犬をかう」講談社

■ごとうやすゆき,2006;「ダメ犬グー 11年+108日の物語」幻冬舎


 徐々に前に向かって歩き出した感がありますが、まだ過去に直接向き合おうという意欲は湧いてこない。この読書という行為も結局のところ逃避ではないのかという気がしないでもないですが、必要なプロセスだと思いたい。でもまあ、きっと「時の流れに身を任せる」気持ちでいたほうがいいんでしょうね。


ニックネーム ラナ父 at 23:36| Comment(12) | 悲哀の仕事編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする